世界情勢の転換期を好機と捉え、新総裁としての責務を全うする
2026年6月19日付で、株式会社国際協力銀行(JBIC)の代表取締役総裁に就任いたしました。日頃よりJBICに対し、ご理解ご支援を賜っております皆様に、心より感謝を申し上げます。
私は、1985年に日本輸出入銀行(現・JBIC)へ入行し、システム開発の部署に配属となった後、米国イェール大学大学院への留学、財務部での決算担当を経て、7年目で初めて、インドやパキスタンを担当するフロント部署に配属されました。その後は、ワシントンでの駐在、経営企画部での業務企画、自動車・化学・商社や資源エネルギーセクターの担当等、国内外において、フロント・バックともに幅広い業務を経験しました。これらの経験を通じて、JBICのことを隅々までよく理解することができ、総裁としてJBICをかじ取りする上でも、自身の強みになっていると感じています。
このような経験の中で、大きな転機になったのが、1994年から3年間のワシントン駐在時代です。開発途上国の累積債務問題で揺れた1980年代後半、世界の金融システム安定化、債務累積国への資金フロー確保を目的に日本政府が打ち出した「資金還流措置」のもと、日本輸出入銀行のアンタイドローンが活用されるようになりました。それまで、日本輸出入銀行の主な業務は日本企業の輸出支援でしたが、世界銀行や国際通貨基金(IMF)等の国際機関と連携する機会が増え、これに伴い、ワシントン駐在員事務所が果たす役割も変化していきました。それまでのワシントン駐在員事務所の役割は、現地報道等から得た二次情報を本店へ伝えることが中心でしたが、世界銀行やIMF、各国政府や国際機関との対話を通じて、一次情報を収集・分析し、日本として果たすべき役割を考えることが求められるようになりました。国際金融の世界では、情報そのものが価値となり、その情報を基に迅速かつ的確な判断を求められます。私はこの経験を通じて、インテリジェンスの重要性と世界を俯瞰して物事を捉える視点を、身をもって学びました。また、世界が激動する中、日本輸出入銀行が国際金融のプレーヤーとして世界で認識されていくダイナミズムを目の当たりにし、国際金融業務のおもしろさを肌で感じる貴重な経験となりました。日本輸出入銀行にとっても、後にJBICが継承する国際的な政策金融機関としての存在価値を高めていく転換期であったとも思います。
国際社会は今、これまでにない転機を迎えています。多国間主義に基づく国際秩序が揺らぎ、中東情勢の緊迫やロシアによるウクライナ侵略の長期化、グローバルサウスの台頭等が複雑に絡み合い、不確実性が一段と高まっています。このような困難な情勢において、日本の経済安全保障やエネルギー安全保障の重要性はますます高まり、かつ、世界に対し日本が担う役割も一層大きくなっています。JBICが担う役割が再び大きく変化する中で、総裁というポジションに就くことに、大きな責任を感じています。他方で、JBICがさらに価値を発揮できるチャンスであるとも考えています。
インテリジェンスに裏打ちされた視点を基に、質の高い融資で価値創造する立ち位置を確立
私は、各国の要人とお会いした際、JBICがこれまで関与してきたプロジェクトを示した世界地図をお見せすることがあります。すると、皆さん例外なく驚かれます。「なぜこれほど多く、世界のプロジェクトにJBICが関与してきているのか」「一体どういう組織なのか」と、大変強い関心を示していただけます。こうした実績は、長年にわたり世界各国の政府や国際機関、企業と築いてきた信頼関係や、国際情勢を的確に捉える独自のインテリジェンスに支えられています。そして何より、これまでJBICの職員が、さまざまなプロジェクトの内側に入り一所懸命に取り組んできてくれたからにほかなりません。民間金融機関だけでは対応が難しい案件にも、日本の政策金融機関として必要なリスクを引き受けながら、長期的な視点を持って支援を積み重ねてきた結果がこのような成果につながっていると確信しています。
象徴的な取り組み例としては、2024年に行った、豪州・Woodside Energy Group Ltdの子会社が実施するガス田開発への融資が挙げられます。Woodsideは日本輸出入銀行時代からの取引先であり、豪州の主要LNGプロジェクトのオペレーターとして、35年にわたり日本へLNGを供給し、日本のエネルギー安定供給を支えてきた企業です。同社は、1986年に日本輸出入銀行が支援した第1号プロジェクトファイナンス案件である西豪州LNG開発プロジェクトのオペレーターであり、私が資源金融部で課長を務めていた頃(2003~2005年)にもお付き合いがありました。長年の協業関係を築くことができたのは、単に資金を融資するだけではなく、JBICが提供する付加価値、例えば独自の環境ガイドラインによる環境審査や社会配慮確認プロセス、日本政府の政策金融機関としての信頼性、そして、長期的な視点でパートナーと伴走する姿勢を評価していただいているからだと考えています。
独自のネットワークはJBICの強みの一つです。主な取り組みとしては、ウズベキスタン、カザフスタンやトルクメニスタン等の中央アジアの国々とのネットワークがあります。今後さらなる日本企業の進出が見込まれるこれらの国々において、JBICは大統領や首相を含む政府首脳と直接お会いすることができます。国の機関の一つとして、民間企業とは別の形で各国の政府に直接アプローチし、プロジェクトの重要性を訴えかけることができるのは、JBICならではです。そういったコミュニケーションを行うことで、その後の日本企業によるプロジェクトの進行がスムーズになるケースもあります。今後も、JBICならではのユニークな立ち位置を維持・強化することで、世界各国における日本企業の取り組みを後押ししていきたいと思っています。
変化する世界を見据え、中期経営計画に基づき課題解決を遂行する
国際情勢が大きく変化し、日本企業を取り巻く環境も複雑さを増す中、引き続き2024年6月に策定した第5期中期経営計画(中計)に基づく取り組みを進めていきます。前年度は、2025年9月26日に閣議決定された「株式会社国際協力銀行法施行令の一部を改正する政令」に基づき、先進国向けの輸出金融および先進国事業に対する投資金融の対象分野を拡充しました。さらに、同年10月には、「日本戦略投資ファシリティ」を創設・開始し、日本の国益の最大化を目指して、取り組みを進めています。その結果、中計2年目である前年度の出融資・保証承諾実績は、約2兆7,521億円となりました。中計で掲げた4つの重点取組課題はいずれも着実に前進させることができたと考えています。
例えば、1つ目の重点取組課題である「持続可能な未来の実現」では、世界に先駆けて低炭素アンモニアのバリューチェーン構築を目指す米国での低炭素アンモニアの製造・販売事業向けの融資を行いました。このプロジェクトは、日本政府の水素社会推進法に基づく「価格差に着目した支援制度」の対象となっているほか、米国政府によるインフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)により拡充された米国の炭素回収クレジットの適用対象となる見込みです。日米政府からの後押しを受けているこのようなプロジェクトを、JBICが支援することには大きな意義があります。
2つ目の重点取組課題である「我が国産業の強靱化と創造的変革の支援」では、経済安全保障と産業競争力の強化が、JBICに課せられた重要な使命と考え、対応を進めてきました。前年度には日本製鉄(株)に対し、米国の代表的な鉄鋼メーカーであるUnited States Steel Corporationの株式取得のための融資を行いました。現代の産業に不可欠であり今後も需要の拡大が見込まれる鉄鋼のサプライチェーン強靱化に資するものです。融資について協議する中で、日本製鉄の世界戦略の観点から、なぜこの投資が必要なのか、直接話を伺い、その戦略を理解した上で支援できたことは、非常に意義のあることだと感じています。
2024年から開始しているスタートアップ投資活動や投資先の支援も順調に進んでいます。スタートアップは意思決定の速さが競争力を左右するため、従来の審査プロセスでは迅速な対応が難しい案件も少なくありません。そこで、JBIC経営陣から権限を委譲した投資委員会を設置し、役員だけでなく現場の管理職や外部有識者により迅速に投資判断を行う体制を整えました。すでに複数案件への出資を実現しています。半年、1年とかけて検討していてはチャンスを逃してしまいますから、スピード感を持って投資を行える体制を整えたことは、JBICにとっても新たな挑戦であり、ユニークさを象徴する取り組みとなりました。
また調査部を中心に、国際情勢や各国経済を多角的に分析する独自のインテリジェンスの強化を図るとともに、情報をステークホルダー等に積極的に発信しています。海外進出を考えている日本企業向けの地政学に関する情報発信や、1989年から続けている「わが国企業の海外事業展開に関する調査報告」(GLOBE:Global Landscape of Overseas Business Expansion)等があります。出融資にととまらず、こういった情報発信の強化にも、一層注力していきます。
重点取組課題や部門を新設し、新たな政策課題に挑んでいく
本年度は、JBICにとってこれまで以上に重要な一年となると考えています。2025年9月、日米両政府は、日本が最大5,500億米ドルを米国へ出融資する「日米戦略的投資イニシアティブに関する了解覚書」を締結しました。この合意に基づく取り組みを日本政府と連携して実施するため、2026年4月に、中計において「日米戦略的投資イニシアティブに基づく取組の推進」を新たな重点取組課題として公表しました。また同年5月には、日米戦略投融資部門および日米戦略投融資部を新設しています。さらに、政府が立ち上げた「POWERR Asia」の枠組みでは、原油・石油製品の安定調達や中東情勢をふまえた緊急資金支援、エネルギー源の多様化と産業の高度化、供給・受入体制の整備等を支援対象としています。JBICは、これらの枠組みを通じて、日本だけでなくアジアや中東のエネルギー課題に対応し、エネルギー備蓄や多様化を支援します。加えて、同年6月には、経済安全保障上重要な海外事業への劣後出資等を可能とする株式会社国際協力銀行法の一部改正が成立しました。
このように、JBICに求められる役割は急速に拡大しており、大きな責任を伴う難しい局面を迎えています。しかし、私はこうした状況を悲観的には捉えていません。むしろ、JBICが積み重ねてきた経験や強みを発揮できる、大きな機会だと考えています。中計に基づいて進めてきた経済安全保障の確保、サプライチェーンの強靱化、資源・エネルギー分野での取り組みは、世界情勢の変化によって、その重要性が一層高まっています。長年にわたって築いてきた各国政府や企業との信頼関係、そして政策金融機関として培ってきた知見や経験が、今まさに生かされる局面を迎えていると考えています。このように新たな政策課題が次々と生まれる中でも、私はJBICの職員であれば必ず期待に応えられると信じています。実際に、2026年4月には「戦略的投資イニシアティブ」のもとでの第一陣プロジェクトの融資契約も合意に達しています。私は素直に、JBICの職員はすごい、こういうことができる組織なんだ、と改めて実感しました。困難な時代だからこそ、JBICの真価を発揮し、その存在価値をさらに高め、日本企業、そして国際社会の期待に応えていきます。
JBICならではの文化を大切にすることで、職員一人ひとりのエンゲージメントを高める
JBICの役割が激変する中で、多様なニーズと期待に応えていくためには、エンゲージメントの高い組織づくりが鍵だと考えます。私が目指す総裁としての役割は、上から組織を率いるのではなく、「職員皆の中に入って一緒に課題解決をしていく」ということです。私は、新しく入行した職員やキャリア採用職員にも、「困ったことがあれば、一人で抱え込まず、まず周囲に相談してください」と伝えています。JBICは少数精鋭の組織だからこそ、お互いの顔が見え、自然に助け合える文化があります。私自身も、「いつでも執務室のドアをノックしてください」と職員に話しています。肩書や立場に関係なく率直に意見を交わし、共に課題を解決していく。そうした風通しの良い組織文化こそが、新しい価値を生み出す源泉です。また、エンゲージメントを高める上で大切なキーワードが「選択と集中」だと考えています。当たり前に続けてきた仕事も、一度立ち止まって本当に必要なのかを見つめ直してほしいと伝えています。メリハリを付けながら成果を最大化していくことが、これからのJBICには求められているためです。
新たな取り組みへの挑戦を実現するために欠かせないのが、「組織の力」です。JBICの強みは、職員一人ひとりの力を最大限に引き出す組織文化にあります。少数精鋭の組織でありながら、多様な政策課題に対応できているのは、職員全員が高い使命感を持ち、組織への強い信頼と帰属意識を持てているためです。私もこういった文化を継承し、発展させていきたいと強く思っています。JBICが求めるのは、「専門性」「公共性」「国際性」の3つのスキルを兼ね備えた人材です。しかし、すべてを備えた新しい人材は多くありません。だからこそ、採用後の育成を重視しています。私自身、多様な部署を経験し、会社に育ててもらった経験が現在の礎になっています。そのため今度は、職員が同じように成長できる組織をつくっていきたいと考えています。
職員の成長につながるJBICらしい文化としては、世界各国に業務で赴いて、現地の空気を肌で感じられることが挙げられます。プロジェクト対象国の風土や、そこで暮らし働く方々と触れ合うことで、より誠意を持って業務に向き合えるようになるからです。またJBICでは、独自の研修体系「JBIC Academia」を設けています。さらに、海外大学院や海外駐在員事務所への派遣を通じて、専門的な知見や公共性、国際感覚を養ってもらっています。国際ビジネスの最前線で活躍する上でも、将来の取引相手となるかもしれない方々や駐在先の先輩と肩を並べ切磋琢磨できるのは、大変有意義なことです。
私自身も、国内外を問わずさまざまな現場に赴き、貴重な体験を重ねてきました。執務室には、オーストラリアの鉱山にフル装備で入ったときの写真等の思い出の品を飾っています。ふとしたときに眺めては当時のことを思い出しています。現場以外でも貴重な経験を積むことができました。特にありがたかったのが、米国イェール大学大学院に留学させてもらい、経済学等を学べたことです。週末には、妻と運転を替わりながら片道4時間かけて、ニューヨークまでオペラやミュージカルを観に出かけるなど、有意義な時間を過ごすことができました。オペラ鑑賞は、リラックスを兼ねた生涯の趣味にもなっています。こうした経験は、職員との懇談会でも伝えています。業務に真摯に取り組むとともに、それぞれが人生の楽しみや充実感を見つけていけるよう、私自身も願っています。
職員が安心して働ける待遇や環境を整え、持続可能な未来に向け世界に貢献する
繰り返しになりますが、困った時には一人で抱え込まず、周囲に相談する。分からなければ、分かる人を一緒に探すという文化が、JBICらしさと高いエンゲージメントを支える土台になっています。このような文化を具体的に制度化する取り組みも進めています。その一つが、インクルーシブ推進オフィサー制度です。職員からの推薦によって決まった「相談相手」に、業務からキャリア、組織文化、人間関係まで、職場での多様な悩みや疑問を相談できるものです。同じ目線に立ち、共に課題を解決する組織を目指す上で、こうした制度を大切にしたいと考えています。
エンゲージメントを高めるためには、職員が安心して仕事にまい進できる環境を整えることも欠かせません。デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用による業務効率化や多様な働き方を支える制度の充実、人材育成への継続的な投資等を通じて、職員がより創造的な仕事に多くの時間を使える環境づくりを進めています。生成AIをはじめとする新しい技術も積極的に取り入れながら、限られた人員でも大きな価値を生み出せる組織へ進化していきます。優秀な人材を継続的に確保・育成していくためには、仕事のやりがいや成長機会に加え、ふさわしい処遇や働く環境を整えることも重要です。多様な人材が互いに刺激し合い能力を存分に発揮できる環境を整えることで、職員自身の成長を促し、JBICの価値創造につなげていくことを目指します。そうすることで生まれる価値が、日本企業や世界への貢献へと結び付いていくと考えています。
私たちは利益だけを追求する組織ではありません。経済成長と社会・環境への配慮を両立させることがJBICの使命です。世界各国の政府や国際機関、企業、地域社会との信頼関係を基盤に、日本だけでなく世界が直面する課題の解決に貢献する。それがJBICの存在意義だからです。
株式会社国際協力銀行
代表取締役総裁 天川 和彦





