特集 地政学・地経学から見える世界②
近未来を予測するのは簡単ではないが、そんなときも地政学・地経学がヒントになる。いま押さえておきたい5つのトピックを、JBIC調査部長の天野辰之さんにわかりやすく解説してもらった。



JBIC調査部長の天野辰之さん
引き続き――ロシアによるウクライナ侵攻
エネルギー価格から穀物需給まで、2022年2月に始まったウクライナ侵攻の行方が23年も大きく影響するでしょう。世界経済回復のためには戦争の終結時期がカギとなりますが、ウクライナ政府が22年9月に提出した23年度の予算案は戦争が継続する前提で、複数の専門家が「短期的に終わることは考えにくい」と分析しています。
防衛研究所の高橋杉雄さんによれば、「戦争が終わると新しい国際秩序が作られる。どんな終わり方になるかが重要」とのこと。情勢が今後も膠着するのか、よりエスカレートするのかは23年の最大の注目事項です。

産業界の注目が高い半導体&蓄電池
JBICがAIを用いて行った世界200か国・地域のニュース記事400万件のテキストデータ解析によると、半導体と蓄電池はサプライチェーン強靱化に向けた重要キーワード。米国では半導体の輸出規制を行う一方、2022年8月に国内生産を支援する「CHIPS法」が成立するなど、コロナ禍以降の半導体不足への危機感を強めています。
EV普及に欠かせない蓄電池も、テキストデータ解析でロシアのウクライナ侵攻後の22年4月以降に注目度が急上昇しました。かつては世界をリードした日本の半導体・リチウム電池産業の復活に向け、今後の世界の動向に目が離せません。

中国「ポストコロナ」経済の行方と影響
新型コロナの感染拡大を徹底的に抑え込む中国の「ゼロコロナ」政策は、厳しい行動制限などにより市民生活に大きな影響を与えています。2022年11月からは、中国内外でゼロコロナ政策に対する激しい抗議運動も活発化しました。
これは中国経済、またサプライチェーンの混乱を通じて世界経済にとっても大きなリスクとなっています。その一方、ゼロコロナ政策が終わって中国経済が急回復すれば、今度はエネルギーや食糧などの世界的な供給不足を招く可能性もある。コロナ対策がどう変わるか、その変化がどんな影響を及ぼすかを考えて備える必要があります。

気候変動問題と新たな論点「損失と損害」
気候変動対策が先進国で優先課題となる一方、多くの途上国は化石燃料から再生可能エネルギーへの急速なエネルギー転換に対応できていません。今や気候変動問題はエネルギー問題と直結し、切り離せない関係にあります。
2022年のCOP27では「損失と損害(ロス&ダメージ)に対する補償」が最大の論点となり、過去に大量の温室効果ガスを排出していた先進国が、途上国に資金的支援などの救済措置をさらに取るべきとの議論が交わされました。2050年までの「1.5度目標」達成に向けて、南北間の対立が激化していくとみられています。

地政学的にも見逃せない米国政治の分断
米国では保守派の共和党とリベラル派の民主党の分断が年々深刻化し、政治が不安定化しています。インフレひとつ取っても、共和党の支持層はコロナ対応で財政支出を拡大したことが要因とし、国内で最も根深い問題として財政政策を批判する一方、民主党の支持層はインフレの原因はロシアのウクライナ侵攻であり、気候変動問題のほうがずっと深刻だと主張しています。
米国のインフレとその経済政策はわが国にも影響を与えますが、背景にある米国政治の分断を理解することも重要です。地政学的思考は国内情勢や国民感情を分析するのにも活用できます。



国際協力銀行
調査部長
天野辰之(あまの・たつし)さん
1995年入行。産業/地政学研究も行い、2022年には米国戦略国際問題研究所(CSIS)の研究プログラムに参加。東京大学法学部卒業。ペンシルヴァニア大学ロースクール修了。NY州弁護士