特集 地政学・地経学から見える世界③
高騰するエネルギー価格、両刃の剣となったロシアへの経済制裁、再生可能エネルギーの盲点……。ロシアの政治経済にも精通するJBICエネルギー・ソリューション部長の加藤学さんに聞く。


石油や天然ガスなどの化石燃料は有限であり、採れる地域にも偏在性があるだけでなく、「チョークポイント」や紛争中の国を経由する輸送にもリスクが潜んでいる
エネルギー分野はなぜ地経学リスクが高いのですか?
エネルギーのうち、石油、天然ガス、石炭などの化石燃料は埋蔵量に有限性があり、採れる地域も偏在しています。化石燃料の主な供給地は中東、北米、ロシア、オーストラリアなどですが、その国や地域の政治情勢はエネルギー価格に大きな影響を与えます。なかでも中東は紛争が多発し政情が不安定なことで知られています。
また、輸送中にもリスクが潜んでいます。化石燃料が船舶やパイプラインにより輸送されるとき、多くの場合は海上交通の要衝である「チョークポイント」や紛争中の国を経由するため、海上交通路であるシーレーンの安全確保に課題があるからです。
さらに、エネルギー供給が地政学的な目的を達するための手段として使われることもあります。国と国が対立した際に、資源供給国が輸出を自国に有利な上限でストップしたり、逆に需要国が特定の国からの輸入を止めて圧力をかけたりするわけです。ロシアのウクライナ侵攻を機に勃発したエネルギー危機は、まさにこのリスクが顕在化した事象と言えるでしょう。

JBICエネルギー・ソリューション部長の加藤学さん
欧州の経済は現在、どんな影響を受けていますか?
ウクライナ侵攻を機に、欧米はロシアからの輸入停止措置を開始しました。しかし世界最大のエネルギー供給国であるロシアへの経済制裁は、エネルギー供給の不安定化を招き、市民生活に深刻な影響を及ぼしています。
米国はシェール革命でエネルギーの自給が可能になっていましたが、欧州はパイプラインによるロシア産ガスへの依存度が非常に高く、その調達量は2019年に天然ガス全体の40%弱(20年BP統計)を占めていたのでより不利な状況です。
ドイツの平均的な一戸建てのガス料金は21年に比べて2倍以上を記録。英国でも電気・ガス料金が跳ね上がり、抗議デモが多発し政治的な混迷も深めました。
経済制裁は制裁を科す側の経済にも打撃を与える恐れがあり、両刃の剣とも言えます。例えばGDP成長率を見ると、米国や欧州、日本はロシアのウクライナ侵攻後に下方修正を繰り返しており、インフレと景気後退が同時に起こるスタグフレーションの恐れも指摘されています。
一方のロシア経済は、インドや中国の旺盛なロシア産石油の購入意欲に下支えされることで、当初の見通しから上方修正を繰り返しています(下の表参照)。そのため、実は経済制裁はロシアよりも欧米などのほうがダメージが大きい可能性さえあります。
出典:IMF世界経済見通し
しかし、エネルギー分野での制裁については自身に跳ね返るダメージの分析が十分には行われていません。また、原発の燃料に必要な濃縮ウランはどの国も対ロシアの制裁の対象にしていません。米欧はそれぞれ20%程度をロシアに依存しており、供給が止まると困るからです。こうした制裁を科す欧米のダブルスタンダードについても冷静に見極めていく必要があります。
日本が抱えるエネルギーの地経学リスクとは?
日本は世界3位のGDPでありながら、エネルギー自給率は12%と、G7で最も低い水準です。原油の99.7%、LNG(液化天然ガス)の97.7%、石炭の99.6%は輸入に頼っています。特に石油は約90%を中東に依存しています。
島国の日本は、欧州のように送電線により他国の電力を輸入することもできないため、輸入先を多様化することはエネルギー安全保障上、極めて重要です。JBICは日本政府と連携しながら資源産出国とコミュニケーションを取って、その意図を冷静にくみ取り、エネルギーの長期安定的な確保に取り組んでいます。
2050年のカーボンニュートラル実現に向け、日本のような資源の少ない国では天然ガスやLNGによる火力発電が重要だと考えられています。なぜなら天然ガスやLNGは石油、石炭よりもCO2排出量が比較的少なく、再生可能エネルギーへの移行に向けた過渡期の橋渡し的な役割が期待されるからです。
しかし、今回のウクライナ侵攻でそのシナリオに狂いが生じ、天然ガス・LNGの争奪戦が世界中で起きています。長期安定的なエネルギーを確保するため、2023年はまさに正念場と言えるでしょう。

石油をはじめとする化石燃料市場の動向について教えてください
世界的な脱炭素社会の実現に向けた潮流により、化石燃料産業への投資を控える動きがみられていました。実際に国際大手石油資本メジャーによる鉱区への投資は、2015~21年に49%も減少しており、エネルギー価格が高騰する要因の1つとなっていました。そこにロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機が拍車をかけることになったのです。
OPEC(石油輸出国機構)にロシアなどの産油国も加わったOPECプラスの協調減産による価格の維持の動きと、ロシアの歳入を抑制しながら石油価格の引き下げを図りたい米国との間では、熾烈な駆け引きが繰り広げられています。石油価格は今後もしばらくの間、高止まり基調のまま不安定な状態が続くと予想されます。
再生可能エネルギーの普及で地経学リスクは軽減されますか?
太陽光、風力、水力、地熱といった再生可能エネルギーにもリスクはあります。地形や気象条件などにより適した地域とそうでない地域があるからです。
また、太陽光発電用パネルの多結晶シリコンの80%は中国製とされ、その意味でも太陽光発電は地経学リスクと無縁ではありません。風力発電でも、発電機に欠かせないレアアースの生産量は中国が約70%を占有しています。
カーボンニュートラル実現に向けた取り組みは世界にとって喫緊の課題ですが、サプライチェーンが国を超えて構築されている以上、再生可能エネルギーであっても地経学リスクは常に付きまとうと認識しておくことが大切です。


国際協力銀行
エネルギー・ソリューション部長
加藤 学(かとう・まなぶ)さん
1996年入行。計8年、モスクワ駐在やロシアの資源開発、輸出案件等に従事。地経学リスク対応担当特命審議役等を経て現職。慶應大学法学部卒業。著書に『皇帝兼CEOプーチンのゆくえ』等