特集 日本企業が進出したい国TOP10②
日本企業からの熱視線が集まるインド。変化のスピードが速く、常に認識をアップデートし続けることが重要
多くの日本企業が拠点を置くベトナム。他国企業も続々進出するなか、いかに日本企業の存在感を強化するか、考える時期に
両国とも、先端分野での投資や環境技術の移転において日本への期待が高まっている


2023年度の投資有望国・地域ランキングでは、インドが1位、ベトナムが2位という結果になった。トップ2の有望国について、JBICニューデリー駐在員事務所の今堀晋一良さん、ハノイ駐在員事務所の池永あずささん、そして調査を担当した企画部門調査部の中島隆志さんに鼎談してもらった。




新しいインドを体感するために、高層ビルが立ち並ぶインド都市部を一度見に来てほしいと語る今堀晋一良さん
中島 23年度のランキングでは、インドが2年連続で1位となりました。回答企業の約半数が有望国に挙げるという得票率の高さは前年を上回っています。さらに、インドを有望国に挙げた企業のうち、45.8%が実際の事業計画があると答えています。期待の大きさがうかがえますね。
今堀 駐在開始した1年半前から、インドへの注目の高まりを日々肌で感じています。平均年齢28歳という若さと賃金水準、豊富なIT人材、生産連動補助金による製造支援、増加する中間所得層の消費拡大などから、インドは魅力的な投資先と言えるでしょう。ただし、日本企業の進出は増えているとはいえ1500社程度ですし、在留邦人もインド全体でも1万人弱とまだまだこれからです。
中島 ベトナムは、目立った課題がなく日本企業に「安定している」との印象を与え、前年の4位から2位にアップしました。現地でもそうした勢いは感じますか?
池永 私は着任して4年目ですが、ベトナム経済が急速に伸びているというよりは、人口も1億人を突破し、安定して成長を続けているという印象ですね。ベトナムには、活気ある市場、治安の良さ、特定の勢力に偏らない全方位外交など、企業にとっての好条件が揃っています。他のASEAN諸国と比べて相対的にマルが多いことが評価を受けている背景ではないでしょうか。
ASEAN諸国の中でも、日本人にとって文化的に近く感じる点は多いと感じます。実際、すでに多様な企業が進出しており、在越日本商工会議所の会員数は2000社超、在留邦人数も2万近くに到達しています。
中島 実際に現地で暮らしているなかで、赴任前からの印象に変化はありますか?
今堀 インドといえば、まずはタージマハルやガンジス川といったイメージを抱く人が多いかと思います。でも、実際に都市部に来てもらうと、そうしたイメージとは異なる光景が広がっています。
特にデリー近郊のグルガオンという都市は象徴的で、高層ビルにベンチャー企業などが集積していて近代都市そのものです。夜はビル街のおしゃれなレストランのテラスでワインやクラフトビールを嗜んでいる人も多くいます。南インドのハイデラバードやバンガロールでもオフィス・商業施設の大規模開発が進んでいます。「新しいインド」を体感するにはまずはお越しになるのが一番早いかと思います。

デリー近郊の新興ビジネス都市、グルガオンには日本企業を含む外国企業も多い
池永 ベトナムの方に対して素朴なイメージを持つ方も少なくないと思いますが、現地で接する方々からは、むしろ旺盛な向上心やハングリー精神を強く感じます。働く女性も非常に多く、ダブルインカムで所得を増やし、教育投資は惜しまず、おしゃれや消費にも積極的な彼らと過ごしていると、「中間層の拡大」を肌で感じます。お宅に遊びに行くと家電や育児用品等の設備が豪華で驚くことがありますが、価格に見合う性能やブランド力を持つか等よく吟味しながら購買しており、消費者としてシビアな面もあると思います。
中島 インド、ベトナムそれぞれの国では、日本企業にどういった点を期待していると感じますか?
今堀 やはり技術面の期待が大きいと思います。経済安全保障の観点から、特にインドが国産化を目指す産業分野である、半導体、バッテリー、電子機器などが該当します。インド政府は外資企業の投資誘致に熱心であり、そうした分野に強い日本企業にはすぐに進出してほしい、インドに製造拠点を構えてほしいという強い期待を感じます。
エネルギー分野では、水素やバイオ燃料製造、廃棄物発電などでの日本企業の活躍が期待されています。水素に関していえば、再エネ電力単価や開発コストが低く、競争力の高いグリーン水素を製造できる環境にあります。インドから日本へ輸出する動きもあり、我々も動向に注目しています。




ベトナムには元技能実習生などの日本語が堪能な人材、ITや理工系の技術人材やIT技術を持つ人材も多くいるが、その獲得は争奪戦になっていると語る池永あずささん
池永 ベトナムのGDP成長率は、1990年から平均5%程度の高い水準を維持していますが、牽引してきたのは海外からの投資です。今後も経済成長を維持するには、海外からの投資の継続的な呼び込みと人的資源の蓄積などが重要です。
また、ベトナム政府は2050年までにカーボンニュートラルを達成する方針を掲げており、再エネ電源などの開発が急務です。日本に対しては、経済の近代化や脱炭素化に資する投資規模を拡大してほしい、との明確な要望がありますが、最近は他国との比較の目線も目立ちます。特に、ベトナムでは韓国企業の存在感が強く、ベトナムへの累積直接投資額では日本を抜いて1位、在留韓国人数も日本人の約10倍です。米国半導体企業の動向も注目されるなか、ベトナムでの日本企業の存在感をもっと見える化し、支援していく必要性を強く感じます。

女性の就業率が高く、流行に敏感で消費意欲も旺盛なベトナム
中島 日本企業が進出するにあたり、インド、ベトナムがそれぞれ抱える特有の課題はどのようなものでしょうか? なかなか日本からは見えづらい部分です。
今堀 インドでは、中堅中小企業を支える日本の地方銀行の進出が少ないので、地銀にはぜひ積極的にインドに進出してもらいたいです。また、法制度の不透明さや行政手続きの煩雑さは大きな課題の一つです。
例えば、税関職員によって解釈が違い、税率が変わってしまう場合があります。また、特定の品目を日本からインドに持ち込む際、インド標準規格の認証取得手続きが非常に煩雑であり、製造業者には相当な負担になっています。こういった課題は、インド日本商工会で取りまとめてインド政府に提出し、我々もさまざまな方面で改善を働きかけています。
中島 大事な働きかけですね。現地サプライヤー企業に現地調達されてしまうと、価格面の争いで日本企業は勝てないですね。7割くらい現地調達のほうが安く済みますから。
池永 地銀については状況が異なりますね。現在40行近くの日本の地銀がベトナムに職員を派遣しています。特に増加傾向にある中堅中小企業の投資案件では、JBICも地銀と協調融資を実施することが多いです。中堅中小企業は、ベトナム国内の産業クラスター形成に大きく貢献していく存在であり、彼らを支える地銀の存在は非常に重要です。
中島 地銀の進出はベトナムでの日本企業の拠点数の増加にもつながっているようで、ベトナムを有望国として回答した企業の中でも、中堅中小企業の割合が足元で伸びてきています。一方、インドについて企業からは管理職の人材不足や部下との意思疎通に苦労していること、納期が守られないなどの課題を指摘する声もあがっています。
今堀 これには言語の問題もあると思います。インド人は、第二公用語である英語の能力が非常に高く、英米と同等のスピードで英語の議論が進みます。駐在員に英語力が一層求められるという点は、案外見落とされがちです。
また、プライベートでもビジネスでもSNSを上手に使っており、特にWhatsAppを駆使しています。メールだけではなく電話やSNS、対面での密なコミュニケーションも必要だったりします。マネジメントやサプライチェーンをできる限り現地化しつつ、優秀なインド若手人材を大いに活用することが大事かと思います。
池永 ベトナムでは、公的セクターでの意思決定の遅さや許認可の遅れが大きな課題です。この背景には、日本では考えられないほどに意思決定者個人の責任を追及すること、文書主義が強固なことなど、ベトナム固有の要因があると思います。JBICは、こうしたベトナム側の事情の理解に努めつつ、個別企業では対応が難しい対省庁の調整や案件形成、政策対話を粘り強く進めることで、日本企業の事業環境改善を求めるようにしています。
中島 一方で企業の中には、インドやベトナムを次の展開を見据えた橋頭堡として検討する企業もありますよね。
今堀 東アフリカへの展開の足がかりとしてインドを活用する動きはあります。地理的に近いだけでなく、ケニアやタンザニアなど東アフリカにはインド系の移民が多いです。アフリカでのインド系販売・流通ネットワークを活用できる強みがありますね。
池永 ASEAN域内のサプライチェーン上で、ベトナム拠点の役割を強化していきたい、との意向は聞かれます。中国拠点の生産能力を一部ベトナムに移管する、そうした動きも根強いですね。やはり、経済だけでなく、地政学的な立ち位置のバランスの良さも、ベトナムが有望視される理由だと実感します。


政治・経済面での安定や安価で優秀な人材の存在が、インドとベトナムに共通した強みとなっていると語る中島隆志さん
中島 アンケートの結果も踏まえつつ、こうした現地の声も汲み取りながら、JBICの取り組みにもつなげていきたいですね。
今堀 インドにおけるJBICの出融資承諾額は、直近2年間で5000億円を超えており、勢いが出てきています。JBICは半導体企業が進出を目指すハイテク生産拠点であるドレラ工業団地開発に関与していたり、インド政府と共同で日印ファンドを立ち上げたり、日本企業のニーズに沿った支援を行っています。まず訪印して、新しいインドを体感してもらえればと思います。
池永 ベトナムでは日本企業の進出先が北部ハノイ、南部ホーチミン、中部ダナンからより郊外へ、より多様な省へと拡大しています。ベトナム全土に進出している日本企業の操業を中長期的に支えていくためにも、進出企業への融資はもちろん、電力インフラの強化、再エネ供給支援、事業環境の整備に資する案件も進めていきます。
「投資有望国の得票率」の2国の推移


インド・ベトナム共に2005年以降に日本から急激に海外直接投資が拡大、得票率を上げてきた。インドは年による変動があるが、政府が強力に進出を後押し。ベトナムは製造業を中心に進出が堅調に推移、近年では非製造業も拡大


JBICニューデリー駐在員事務所/駐在員
今堀晋一良(いまほり・しんいちろう)さん
東京電力・JERAを経て、2020年入行。エネルギー・ソリューション部にて、資源案件の融資業務に従事し、22年より現職。週末はインド商科大学院MBAに通学。慶應義塾大学経済学部卒


JBICハノイ駐在員事務所/駐在員
池永あずさ(いけなが・あずさ)さん
2010年入行。外国審査部、調査部等を経て、20年より現職。ベトナムでは案件形成支援や政策対話、現地調査の実施に携わる。夫と離れてハノイにて娘と二人暮らし中。京都大学法学部卒


JBIC企画部門 調査部 第1ユニット
中島隆志(なかじま・りゅうじ)さん
2023年入行。企画部門調査部にて国内製造業企業の海外事業展開に関する情報収集・分析に従事する。慶應義塾大学商学部卒