特集 ブラジル・チリ 鉱業大国の未来①
ブラジルは2024年、G20議長国に初めて就任。グローバルサウスの主要国としてプレゼンス発揮を狙う
国土に多種多様な鉱物資源を有し、埋蔵量は世界有数。脱炭素のカギを握るリチウム等の開発に向けた機運の高まりも
25年にはCOP30の議長国に。気候変動対策でリーダーシップを示す。新市場では先端技術の活用で日本に商機も


カサ・デ・ペドラ鉄鉱山の採掘場、ブラジル中部に位置する高品質の鉄鉱山
多種多様な資源を持つ南米の大国。政権交代で政策が大きく転換
G20の2024年議長国を務めるなど、南米を代表する大国であり、グローバルサウスの代表格としても注目を集めるブラジル。人口は約2億1500万人、GDPは2兆ドルほどで世界トップ10入りを果たしている。その広大な国土には多種多様で優良な鉱物資源や石油を有し、バイオエタノールでは米国に次ぐ世界2位の生産量を誇る。
24年5月には岸田首相が日本の総理大臣として8年ぶりにブラジルを訪問し、ルラ大統領と首脳会談を実施。「戦略的グローバル・パートナー」としての両国関係の重要性が再確認された。
ここ数年のブラジル経済は歴史的な干ばつによる電気料金の高騰や農作物の不作、レアル安・米ドル高による輸入品のインフレ等に苦しんできた。しかし、主に鉱工業や農業・畜産業、サービス業に牽引され、21年にはコロナ禍の反動もあり実質GDP成長率4.6%、22年は2.9%、23年も2.9%とコロナ禍以前の成長率を上回る。
そんなブラジルに24年4月まで5年近くにわたりJBICリオデジャネイロ駐在員事務所の首席駐在員として駐在した石川敬之さんは、最近のブラジル経済の状況をこう語る。「足元では洪水や暴風雨等の異常気象に伴う被害やルラ大統領の政策運営などに不透明感も残りますが、おおむね堅調な状況と言えると思います」
石川さんが着任した19年にはボルソナロ大統領が政権を担ったが、23年1月からは3度目の就任となるルラ大統領の率いる政権が国政を執る。ボルソナロ政権下では小さな政府を志向し、プロビジネスの促進や国営企業の民営化、財政赤字の最大の要因である社会保障や行政コストの改革といった動きがみられたが、現政権は大きな政府を目指し揺り戻しの状況にある。これまでの民営化の流れを止め、国営企業の関わりを強めているが、それだけではない。
格差是正を最優先に据え、最低賃金の見直しや社会保障の強化、歳出上限の見直し等を志向し、財政出動をいとわない方向に政策の舵が大きく切られた。24年4月には、25年に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化させるとの目標も取り下げている。
「ルラ大統領は就任直前の22年11月のCOP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議)で気候変動対策に取り組む国際社会に『ブラジルは帰ってきた』と演説しました。環境対策を重視する姿勢をいち早く打ち出したことで欧米諸国をはじめ各国首脳から歓迎の意が表明されており、ルラ大統領が掲げる全方位外交を印象づける国際舞台でのデビューとなりました」

「ぜひまたブラジルで働きたいですね」と力強く語る、ブラジルへの熱い想いがあふれる石川敬之さん
拡大する中国のプレゼンス、文化事業を通じたイメージ戦略も
ルラ政権は全方位的な外交姿勢を前面に打ち出し、新興国との連携強化も進んでいる。特に変化したことの一つに、中国のプレゼンス拡大がある。中国はブラジルにとって最大の貿易相手国であり輸出入とも第1位で、ブラジルは中国にとって中南米地域最大の貿易相手国である。
こうした動きに加え、近年、国営石油公社のペトロブラスが海底油田の一部権益を中国の国営石油公社である中国海洋石油(シノック)に売却したり、中国石油化工集団(シノペック)とも石油探査研究等に係る提携を発表するなど、中国との連携を強めている。以前は数少なかった中国人駐在員がここ数年で増加したと石川さんは強調する。
「これまではリオデジャネイロの街中でアジア人を見かけることはほぼ皆無でしたが、ここ最近は中国人を見かけることも多くなりましたし、JBICの駐在員事務所が入居するビルにも、石油公社や国営銀行など中国企業が目立つようになりました。数名での駐在員体制であった組織が20~30人まで増員されている印象です。現地で開催される国際会議でも、英語とポルトガル語に加えて、中国語の同時通訳が提供される機会が増えました」
文化・芸術事業でも中国のアプローチが目立つようになった。リオデジャネイロでは、例えば美術館では中国企業のロゴが協賛社の代表格となったり、歴史的建築物である市立劇場や海軍要塞を会場にした音楽コンサートでも中国企業がスポンサーとなるものが出てきた。
「そういったコンサートでは、ボサノバやブラジリアンポップ音楽に続いて、中国人の演奏者が二胡などの伝統楽器で中国の楽曲を奏でたり、民族衣装を着て中国舞踊を披露するのが少し独特ですね」
ブラジルは24年に中国との外交樹立50周年を迎え、両国首脳間では重要な貿易相手国として戦略的パートナーシップ関係を強化していく方向にある。一方で、中国へ傾倒していくことへの警戒心もブラジルには根強く残っているという。「だからこそ、文化・芸術的な側面からブラジルでの好感度を上げていこうとする戦略が出てくるわけです」と石川さんは説明する。

日本への信頼を築いた長年の歴史。鉱物資源開発の多角化へ
一方、日本との関係では、300万人超とも言われる世界最大の日系人社会を擁するなど、歴史的なつながりが深い。1908年にブラジル移民船「笠戸丸」が海を渡ると、それ以降、多くの日本人がブラジルへと渡り、コーヒーなどを生産する農場の雇用農民として農業労働に従事した。
1950年代には、製鉄やアルミニウム製造、農業などの分野で数々の日ブラジル官民によるナショナルプロジェクトが誕生すると、日本企業による進出も増加。ブラジルの国造りに日本が貢献してきたという認識は現地でも浸透している。
「国全体が非常に親日的で、ポルトガル語で『ジャポネース・ガランチード』(英語でジャパニーズ・ギャランティード、日本製品や日本人に対する信頼の高さを示す)という言葉があるほど。日本へのリスペクトは今でも非常に高いです」と石川さんは語る。2023年9月にはブラジル人への日本の短期滞在査証の免除措置が開始。日本人へのブラジルの査証免除は継続されており、相互の訪問促進による文化・経済面での両国の交流の後押しが期待される。
JBICは1950年代以降、鉄鉱石や深海油田開発、アルミニウム、紙パルプといった資源・エネルギー分野はもちろん、貨物鉄道や地下鉄、高速道路の整備等のインフラ分野での大型プロジェクトを支援。製造業やサービス業などの進出日本企業向け輸出や投資を後押ししてきた。

鉱山で活躍する積載量240トンを誇る巨大ダンプトラック
「鉱物資源の観点からいえば、鉄鋼業が日本経済の基幹産業であり続ける限り、鉄鋼原料の供給国としてのブラジルの重要性は揺るぎません。近年、日本の製鉄プロセスの脱炭素化は喫緊の課題であり、CO₂の排出抑制に資する高品位で希少性の高い低炭素鉄鋼原料のサプライヤーとしても、重要性はさらに増しています」(石川さん)
ブラジルの鉱物資源開発は長らく鉄鉱石のみの一軸戦略のイメージが強かったが、現在は鉱業が盛んな南東部のミナス・ジェライス州を中心にリチウムの探鉱が活発に行われるなど多角化が進められつつある。日本にとってもサプライチェーン強靱化に向けた重要鉱物供給源の多角化の観点からブラジルの重要性が高まっている。


ブラジルは豊富な鉱物資源を有し、ニオブは生産量で世界1位、埋蔵量においては世界の9割以上と圧倒的なシェアを占める。タンタライトや鉄鉱石も生産量で世界2位、カオリンも生産量は9位ながら埋蔵量では世界の2割強を占める
「ブラジルコスト」が足かせ。環境分野で日本の技術の活用を
とはいえ、この10年で現地の日本企業は700社前後で推移しており、新規の進出は伸び悩んでいる。背景にはいくつかの要因があると石川さんは指摘する。
「まず、複雑多岐な税制や未整備なインフラ、労務コストといったいわゆる『ブラジルコスト』の存在が根強いですね。高インフレ国で政策金利も足元で10%強と高く、為替変動の予見可能性も低いです。日本企業にとっては、サプライチェーンのなかでブラジルをどう位置づけるのかイメージできず、ブラジルを天然資源や農作物といった資源供給源として捉えることに留まる企業もまだ多い印象です」
もちろん、ブラジル政府も手をこまねいているわけではない。2022年のOECD加盟協議の開始に前後して、税制改革や行政改革等に鋭意取り組んでおり、実際に23年12月には税制を簡素化して企業活動の税務負担を軽減することを目的とした憲法改正がなされた。
1990年代から何度も議論されてきたものの実現に至らなかったものであり、産業界からは画期的な前進として高い評価の声が聞かれる。米国の民間格付会社S&Pもこの税制改革の実現を理由にブラジル長期国債の格付を「BBマイナス」から「BB」に引き上げた。
また、日本企業にとってはルラ政権の注力する気候変動対策や再生可能エネルギー分野に大きな商機があると石川さんは見る。
「アマゾンの森林破壊を阻止し、保護するための共通の枠組みとして、アマゾン地域の8カ国によって採択された2023年8月の『ベレン宣言』で果たした役割を見ても、ルラ大統領の本気度がうかがえます」
ブラジルが25年11月に議長国を務める予定のCOP30も、このベレン宣言が採択された北部パラ州の州都ベレンで開催される。岸田総理のブラジル訪問の際にもCOP30開催に向けて、環境・気候変動や持続可能な開発に関する包括的な脱炭素に向けた両国の協力促進が掲げられた。
ブラジルはサトウキビを原料とするバイオエタノールを1970年代より国策に基づき生産してきた長い歴史がある。近年、サトウキビの搾りかすを原料とする第2世代バイオエタノールの製造技術も確立し、化石燃料を使わない航空燃料のSAF(持続可能な航空燃料)向けに用途開発し、航空業界の脱炭素化に商機を見出す動きもある。
さらに、次世代エネルギーとしては、豊富な再生可能エネルギーを活用したグリーン水素の製造パイロット事業が始まっており、消費地である欧州向けの輸出拠点として注目する欧米勢を中心に、現地企業との提携を加速する動きもある。
カーボンクレジット(炭素排出権)の観点でも、ブラジルには高い潜在性がある。すでにボランタリー炭素市場(企業や個人が任意でカーボンニュートラル実現のためにカーボンクレジットを購入する取引所)において、森林保全や植林に関するプロジェクトにより創出されるカーボンクレジットの売買取引が活発になされており、森林・環境保全の事業化が可能となっている。
足元ではカーボンクレジット市場の法制化に向けた法案審議も進んでおり、来年のCOP30開催を控え、新たなビジネスチャンスが到来する。石川さんも日本企業がこの分野で新たな動きに乗り出す機運の高まりを強く感じている。
「もう何をやったらよいかということは見えていて、現地のパートナーも巻き込んで具体的な話を進める段階です。半世紀以上にわたり培ってきた信頼関係が日本とブラジルにはあります。日本の持つ先端的で革新的な技術を、ブラジルの抱えている社会課題や脱炭素の動きにどう呼応させていけるか。JBICも先導役として積極的にサポートしていきたいと思っています」


JBIC リオデジャネイロ駐在員事務所
前首席駐在員
石川敬之(いしかわ・のりゆき)さん
1999年東京三菱銀行(当時)入行。ブラジル留学・駐在を経て、2007年入行。国際金融第3部、米州ファイナンス部、エクイティ・インベストメント部にてソブリンファイナンス、エクイティファイナンス等に従事。2019年8月より24年4月までリオデジャネイロ駐在員事務所首席駐在員