特集 ブラジル・チリ 鉱業大国の未来③
チリは「銅大国」。世界の銅埋蔵量・生産量の2割超を占め、日本にとっても最大の銅供給国
鉱山開発における環境社会への配慮が重視されており、開発に必要な許認可も数百を超す
電化に不可欠な銅に加え、リチウムや水素など脱炭素関連の新たな資源開発も進められており、JBICはチリ政府と連携してこれを後押し


チリ北部のセンチネラ銅鉱山の鉱石を粉砕し、銅分を分離・回収する選鉱プラント
銅は、送電配線やEV、再生可能エネルギー機器、半導体など幅広い用途で使用され、今後はAIやデータセンター向けにもさらに需要が高まる見通しである。その最大の生産国がチリだ。JBIC鉱物資源部第1ユニットの片山洋樹さん、佐々木浩太さん、森﨑桃子さんに鉱物資源を切り口にチリの重要性や鉱山開発での環境社会配慮への取り組みについて聞いた。

JBIC 資源ファイナンス部門
鉱物資源部 第1ユニット
森﨑桃子さん
日本とチリの関係について銅資源の観点から教えてください。
森﨑 一般的に、チリと聞くとワインやサーモンなど日常生活で馴染み深い食品を思い浮かべるかもしれませんが、鉱物資源の観点では、世界の銅の埋蔵量・生産量の2割以上を占める世界最大の「銅大国」。
また、日本にとっても最大の銅供給国であり、日本政府の資源外交政策においては、中東の産油国と並んで資源の伝統的安定供給国とされています。日本は銅地金の原料である銅精鉱の全量を輸入しており、長期的な銅資源の安定供給が不可欠です。チリは長期間にわたり安定的な資源供給を行っている信頼性の高いパートナーですね。
現地で事業展開をする上でのポイントを教えてください。
片山 鉱山開発は期間が長期にわたり投資金額も大きくなるためカントリーリスクの影響を大きく受けます。その点、チリはOECDに加盟する「南米の先進国」の位置づけで、政治経済状況が安定しています。
また、経済成長のための外国投資誘致を重視しており、長年にわたりビジネスフレンドリーな投資環境を維持していることも非常に重要な利点となっています。2023年に制定された新鉱業ロイヤルティ(鉱業特別税)法の策定過程でも、政府は鉱業界との協議を重ね、最終的には関係者が納得し得る水準で合意形成されました。
佐々木 ブラジルなど他の中南米諸国と同じく日本からは地球の反対側で時差の問題があります。移動には航空機の乗り換えも含めれば30時間程度かかるため、一仕事ですね。ただ治安は良好で、場所を選べば基本的に夜間の外出も心配ないレベル。チリの人々は非常に勤勉で、他の中南米諸国に比べ、日本人の仕事スタイルとも親和性があるように感じます。

JBIC 資源ファイナンス部門
鉱物資源部 第1ユニット ユニット長
片山洋樹さん
銅山開発における環境社会面での取り組みを教えてください。
森﨑 鉱山開発に際して、環境社会配慮を徹底しているのがチリの特徴です。国から求められる許認可も多岐にわたります。23年に新規案件の環境実査で現地に赴いた際にも、それを実感しました。鉱山開発関連での必要な許認可は数百に及び、鉱山開発そのものの許認可に加え、プロジェクト全体に関する環境影響評価書への承認と、その付帯条件や誓約事項を守るためのさまざまな取り組みが必要です。
例えば、開発エリアの植生の保護。移植できる植物は移植しますが、なかには移植できない種もあります。その場合は、植物の株を増殖させて計画した場所に10倍にして植えることもあります。特定の爬虫類や哺乳類の存在が確認された場合も、巣を別の場所に移す必要があります。また、掘削を開始すると考古学的に重要な遺跡が出てくるようなこともあり、その際には鉱山開発エリアの計画自体を変更する場合もあります。
新たな銅資源を求め、鉱山開発はより高地や奥地になってきています。工事の安全性や環境への影響を含めて「責任ある生産」を行いながらプロジェクトの経済性を確保できるのか、レンダーとしても見極める必要があります。
片山 チリでは水資源の確保が積年の課題です。特に水不足が深刻な北部の砂漠地帯に銅鉱山が多数あります。銅鉱山の開発には大量の水が必要ですが、河川や地下水からの取水では現地住民の生活用水を奪ってしまうことや、生態系への悪影響の懸念があります。それを避けるため、近年では海水淡水化プラントを用意し、海から内陸の鉱山サイトまで水を引いてくるような対策もしています。地域コミュニティへの配慮は大前提になりますね。
佐々木 現在のボリッチ政権は資源開発による国民への利益還元を特に意識していますが、チリはこれまでも環境社会配慮を重視してきた国です。現地でビジネスをする場合には、今後ますます高いレベルの環境社会配慮を求められる可能性がある点は念頭に置く必要があります。
一方、銅鉱山の現場では、再エネ電源への切り替えや水の循環利用、ダンプトラックの自動化や遠隔操作化など、環境や安全面にも配慮したサステナブルな生産体制の構築が試みられており、今後の展開に注目しています。

JBIC 資源ファイナンス部門 鉱物資源部 第1ユニット
(兼)次世代エネルギー戦略室 調査役
佐々木浩太さん
銅以外の分野で注目すべき資源はありますか?
片山 鉱物分野ではリチウムですね。EV向けを中心に需要が増しており、多くの国が資源獲得に乗り出しています。チリはリチウムの埋蔵量・生産量ともに世界のトップ3に入ります。チリ政府は「国家リチウム戦略」を掲げ、戦略物資としてのリチウム開発を国家主導で進めています。従来のかん水の天日濃縮法ではなく、より環境負荷が低く効率的にリチウムを取り出せる直接リチウム抽出法を利用するために、技術力のある海外企業と組んでリチウム開発を推進する方針を示していることから、ここに日本企業の好機がありそうです。
JBICは、国家リチウム戦略において重要な役割を担うチリ銅公社(CODELCO)との間で23年11月に協力覚書(MOU)を締結し、銅・リチウム等の重要鉱物や脱炭素化分野におけるCODELCOと日本企業の協業を促進し、案件形成の加速に取り組んでいます。
佐々木 脱炭素の観点で言えば、水素も日本企業の商機が広がりそうです。チリは、北部の太陽光、南部の風力という豊富な再エネ資源を有し、世界でもトップクラスの競争力を有しています。これを活用したグリーン水素を国家の次の成長ドライバーの柱とすべく、チリ政府は20年11月に「グリーン水素国家戦略」を発表。30年までに世界で最も安価なグリーン水素の生産体制を構築し、40年までに世界有数の水素輸出国家になることを掲げています。
こうした動きも受けて、JBICではチリのエネルギー省とグリーン水素・アンモニア開発を促進させるための協力覚書(MOU)を23年8月に締結しました。JBICとして日本企業のビジネスをさらに支援できるよう、これまで培ってきたチリとの関係性を新たな分野でも強固なものとしていきたいですね。

南北に細長いチリでは、各所に再生可能エネルギーに適した自然条件が存在。北部のアタカマ砂漠には風力や太陽光発電の設備が立ち並ぶ
