特集スタートアップ支援が拓く未来
つるおか献便ルームは、腸内細菌事業が社会で受け入れられるかを占う「顔」。清潔感溢れる柔らかなデザインでドナーの心地よさを追求
山形県で腸内細菌ドナー募集
「優れた腸内細菌を持つ人のうんちを使い、病気の人を健康にする」――そんな驚きの事業で脚光を浴びるスタートアップがメタジェンセラピューティクス(山形県鶴岡市)だ。
腸内には約40兆個とも言われる細菌が生息し、このバランスがさまざまな病気に関連することは広く知られている。そこで、健康なドナーの便から腸内細菌を抽出し、疾患を持つ患者の腸内に移植することで腸内細菌叢(そう)のバランスを回復させ、腸や全身の健康状態の改善を目指す。これが比較的新しい医療技術である「腸内細菌叢移植(FMT)」だ。メタジェンセラピューティクスではさらに、便由来の医薬品を開発する創薬事業も研究を進めている。
腸内細菌ドナーは同社ウェブサービス「ちょうむすび鶴岡」での問診や各種検査、医師の適格性判断により認定されると、定期的に鶴岡の献便施設「つるおか献便ルーム」に出向いて便を提供する。「献血と比べて、はるかに厳しい審査基準を設けています」と代表取締役社長CEOの中原 拓さんは言う。「新しい試みなので、多くの人の理解と協力を得ることが必要。ドナーには1回当たり最大 5000円の献便協力金を支払い、継続的な関係構築に努めています」
ウェブサービス「ちょうむすび鶴岡」
一般市民への啓発活動に注力していることは、他のバイオベンチャーとの差別化につながっている。そして、その活動に説得力を与えているのが、順天堂大学で積み重ねてきた臨床試験の成果と研究ノウハウだ。
欧米のマイクロバイオーム(腸内細菌)企業の多くは、まず致死率が高く、研究の進んだ偽膜性腸炎を対象に臨床開発・承認を狙ってきた。
しかし本命は、市場規模の大きい、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患である。同社共同創業者である順天堂大学の石川 大准教授は、潰瘍性大腸炎に対して腸内細菌叢を用いた治療に長年取り組み、豊富なデータを蓄積してきた。中原さんは「彼の研究はこの領域でわれわれにトップを走らせてくれる大きな力です」と評する。
「人に効くか」の有効性を検証する段階で壁に突き当たるバイオベンチャーが多いが、「われわれはその一番の壁をもう越えている」というわけだ。「今後はどう証明し、どのように社会に対して説明していくかが課題です」
日本ならではの腸内細菌事業を推進するメタジェンセラピューティクスの代表取締役社長CEO 中原 拓さんは、研究者、米国での起業失敗、ベンチャーキャピタリストを経験した末に同社を創業。「今までやってきたことは1秒も無駄になっていない」と振り返る
日本の食文化が強みになるか
日本には1970~80年代創業の米ジェネンテック、米アムジェンのようなバイオベンチャーの成功事例がまだ存在しない。同社が成果を出すことは患者の利益になると同時に、業界全体の発展にもつながるはず――研究者、米国での起業失敗、ベンチャーキャピタリストと多彩な経験を経て、2020年にメタジェンセラピューティクスを創業した中原さんはそう話す。
「海外ビジネスの難しさはよく知っています。海外展開のノウハウを持つJBICの支援(25年9月に出資)は心強く、新しい化学反応が生まれると期待しています」
日本の伝統的な食文化は、腸内細菌叢に良い影響を与えることが科学的に示唆されている。その秘密が解き明かされれば、日本ならではの強みとして世界に発信できるだろう。創薬事業では日米双方で治験を始めるという同社。日本発の独自データと研究力を武器に、グローバル市場での大きな飛躍が期待される。
メタジェンセラピューティクス株式会社
代表取締役社長CEO
中原 拓(なかはら・たく)さん
ゲノム情報を対象とするバイオインフォマティクスの研究者、米国でのバイオベンチャー起業、帰国後はベンチャーキャピタリストを経験。VC時代に腸内細菌研究者の福田真嗣氏と会い、2020年に福田氏、順天堂大学・石川 大氏、東京科学大学・山田拓司氏と同社を創業





