特集地経学リスク時代の企業戦略
予測困難な地政学リスクに対し、世界経済の潮流と国別の金融リスクを併せて捉える視点が求められている
情報分析と金融判断を一体で提供することで、変化の激しい国際環境下における日本企業の意思決定を後押し
仮説を立て、検証を重ねながら、多角的な視点で物事を考え続ける多様な人材が分析を支えている
(左) JBIC 執行役員調査部長 川上 直 1996年入行。資源・エネルギーやインフラファイナンス、経営企画などを担当し、ワシントン首席駐在員を歴任。2024年より執行役員調査部長。東京大学法学部卒、ミシガン大学法科大学院修士(LLM)
(右) JBIC 執行役員外国審査部長 横堀直子 1997年入行。IMF出向、パリ上席駐在員、内閣官房出向などを経て、外国審査部でソブリンリスク審査を担当。2024年より執行役員外国審査部長。東京大学教養学部卒、イエール大学国際開発経済学修士(MA)
JBICの2つの頭脳、「調査部」と「外国審査部」。国際情勢の不確実性が高まり、変化のスピードも増す中、両部署はどのように協力し、日本企業の「羅針盤」となっているのか。部署間の連携や地政学リスクの分析手法など、その実態を川上 直調査部長と横堀直子外国審査部長に聞いた。
── 調査部・外国審査部それぞれの役割について教えてください。
川上 大きな違いは「担っている視点」です。調査部は企画部門に属しており、個別のプロジェクトに直接ひも付くというよりも、より広く中長期的な経営目線で物事を見る役割を担っています。地政学や産業・技術動向といった大きな潮流を捉え、JBICの経営層や日本企業に共有する役割です。
横堀 外国審査部は審査・リスク管理部門に属しています。個別案件を意識しながら、出融資や案件管理の背景となる国際金融市場や個別国の経済状況を分析し、国の返済能力に関わる「ソブリンリスク」を審査するのが役割です。調査部が分析する地政学や技術動向などの大きな流れが、世界経済や特定の国にどのように波及するのかを踏まえた上で、その知見を案件の審査や管理に活用しています。
── 両部署の連携は、以前から密だったのでしょうか。
川上 調査部は8年ほど前に設立された比較的新しい部署で、現在のように外国審査部と密に連携するようになったのは、ここ数年のことです。国際情勢の分析が非常に複雑化し、一つの事象を異なる視点から捉える必要性が高まったことが背景です。
横堀 経営層からタイムリーなインプットを求められる機会も、従前より格段に増えています。両部署が連携を深めることで、組織として多角的な分析が可能になったと感じています。調査部と外国審査部で定期的に議論し、世界で起きている出来事をどう読み解くか、目線合わせをしています。
異なる視点を持つ調査部のアナリストたちと外国審査部のエコノミストたちが、日常的に率直な議論を交わしながら、情報判断の方向性を探っている
── 「地政学・地経学」について、現在のリスクをどのように捉えていますか。
横堀 国際ルールや自由貿易に対する揺るぎない信頼があった時代は終わったと感じています。新興国が経済危機に直面した際、従来は国際通貨基金(IMF)などの国際機関がルールに基づく再編を主導してきましたが、そうした枠組みが機能しにくくなっています。新興国にとっては、資金調達や外交関係において、米国・中国など、どの国・陣営との関係を深めるかという地政学的な立ち位置そのものが、国の返済能力を左右する重要な要素になっています。
川上 かつて地政学は、一部の専門家や特定のリスク地域に限定された話でした。しかし、今は違います。貿易投資、サプライチェーン、半導体、先端技術など、あらゆる経済活動にこの概念が入り込んでいます。以前は経済活動と安全保障は切り離されたものでしたが、現在はそれが重なり合う「経済安全保障」の時代です。
最近、私は「地政学はもはやリスクというだけではなく、企業にとっての『コスト』である」と表現しています。この不確実性に対応するために、一定のコストを織り込まなければ経営が成り立たない、そんな世の中になったと捉えています。
── 情報の収集・分析において、それぞれ大切にしていることは何ですか。
川上 私は調査部のアナリストに、「ファクトファインディング(事実の把握)」「アナリシス(背景・原因の分析)」「インプリケーション(将来への示唆)」という3つのステップを踏まえ、全体をストーリーとして表現することを意識させています。地政学分析は定性的になりがちですが、私たちは必ずデータや数字による「定量的な裏付け」をセットにすることで、メッセージに説得力を持たせるよう努めています。
横堀 外国審査部の分析の特徴は「多層的なヒアリング」です。当該国の政府や中央銀行だけでなく、民間の金融機関、現地進出企業、さらには国際機関やシンクタンクなど、複数のソースを丁寧に組み合わせることで、世界経済全体の流れの中でその国の状況を立体的に評価しています。
── 「危ない」と判断する際のサインはありますか。
横堀 注視しているのは、関税政策などが輸出や投資に与える影響という「実体経済チャネル」と、米国の長期金利上昇などが新興国の資金調達コストに与える影響という「金融チャネル」の2点です。特に金融の変調は、短期間で一気に顕在化します。だからこそ、日々の金融市場のモニタリングを欠かさず、小さな兆しを見逃さないことが重要です。
川上 外部の専門家と意見交換をする機会も多いですが、意見がすべて同じ方向を向いているときほど、私は疑ってかかります。見通しが共有されている分、前提条件の変化に対する感度が下がりやすいからです。むしろ意見がバラバラなときのほうが、何が不確実なのかが浮き彫りになり、リスクの兆しを早く捉えやすいと感じます。
横堀 課題が明確であるにもかかわらず、政治的な要因によって「打つべき手が打てていないとき」が最も危ないと考えています。例えば、外貨準備が枯渇しつつあるにもかかわらず為替を柔軟化できない、といった政策対応の遅れが見える場合には、デフォルト(債務不履行)のリスクが高まります。
多様なデータや現地情報を突き合わせ、国別・案件別にリスクを分析し、金融判断へとつなげていく
── 海外進出を検討する日本企業の課題を、どのように見ていますか。
川上 地政学リスクを背景とした撤退や、サプライチェーン再構築の動きが広がっています。企業は本来、長期的な予測可能性を前提に事業戦略を立てますが、地政学リスクはその真逆で、短期間に予測困難な動きをします。この時間軸の「ギャップ」が、最大の課題だと考えています。
また、こうしたリスクを分析するための人材やノウハウが不足している企業も少なくありません。これは個別企業の問題というより、日本全体としての課題です。だからこそ、私たちが持つ広範なネットワークを活用して分析した情報を、企業に還元していきたい。情報やその分析と、それに基づく金融ソリューション(出融資・保証など)をセットで提供できることが、JBICの最大の強みだと考えています。
横堀 最近では、中東・アフリカなどのカントリーリスクの高い地域での事業展開について「JBICは当該国をどう見ているのか」といった相談を受ける機会も増えています。世界18カ所の海外駐在員事務所を通じて得られる「現場の情報」と、世界経済や当該国経済全体を俯瞰する「マクロな視点」を組み合わせ、日本企業の意思決定を後押ししていきたいと考えています。
── こうした分析業務には、どのような人材が向いていると考えますか。
川上 「知的好奇心」、そして「仮説を立てる力」を持つ人だと思います。調査部には理系出身者も少なくありません。あふれるニュースや膨大なデータの中から「こうではないか」という仮説を立て、ヒアリングなどによって検証し、エビデンスを積み上げて分析していく。このプロセスには、理系的な思考能力が非常に役立ちます。
横堀 日々のニュースを追いながら、それが世界経済や自身の担当国にどのような影響を及ぼすのかを考えることを楽しめる人ですね。経済学の基礎的な理解は不可欠ですが、バックグラウンドは多様で構いません。それぞれの強みを持ち寄りながら、多角的に国を読み解く分析を今後も追究していきたいと考えています。





