特集地経学リスク時代の企業戦略
事業展開先有望国・地域ランキングではインドが4年連続1位に。ベトナムも3位にランクインしている
半導体サプライチェーンに関わる幅広い業種や旺盛な電力需要に応える送電技術などが今後のビジネスチャンスに
不確実性を乗り切るカギは、環境変化への対応と現地関係者との密な信頼構築にある
ベトナムでは連携強化に向け、ホーチミン市人民委員会副委員長と面談(中央が佐久間)。各国の当局者とのコミュニケーション構築も佐久間の大事な任務の1つだ
経済の自立を目指すインドは日本企業との協力に積極的
米国の関税政策による貿易摩擦などビジネスを取り巻く地政学的な変化が起きる中、日本企業にとって海外進出や投資判断はこれまで以上に難しくなっている。
しかし、リスクがあるところにはチャンスがある ── JBICのアジア大洋州地域統括として、西はインドから東は大洋州、北はモンゴル・中国まで、幅広い地域を管轄する佐久間佳寿子はそう語る。「不確実性の時代を乗り切るには、環境の変化にいかに対応するかが重要になります。リスクを最小限に抑えつつ機会を大きく捉えれば、日本企業にとって変革の好機になると前向きに考えています」
アジア大洋州地域で注目されているのがインドだ。JBICが実施した2025年度の「わが国企業の海外事業展開の動向に関するアンケート調査(GLOBE)」では、事業展開先有望国・地域として60%を超える企業から支持を得て、4年連続で1位となった。
インドが20年に掲げた政策「Self-Reliant India(自立したインド)」は、輸入に頼らない産業構造への転換と、世界のサプライチェーンにおけるプレゼンス向上を目指している。「特定国への依存を避けながら多国間協力を進めており、日本企業との協力にも積極的です。インドも日本同様、企業の95%以上を中堅・中小企業が占めていることから、日本の高い技術力や産業構造を学びたいという声をよく聞きます」
JBICはインドの産業開発支援を行うインド産業回廊開発公社(NICDC)に出資し、工業団地の開発をサポート。中でも半導体産業の集積地を目指すドレラ工業団地への日本企業の誘致に力を入れる。インド西部に位置する同団地は政府が推進する「デリー・ムンバイ間産業大動脈構想」における最重要地域で、日本企業の関心は高い。
GLOBEの結果が示すように、事業展開先有望国のインドに製品を輸出するだけでなく、生産拠点を作りたいという日本企業は多い。しかしインドでは州ごとに法制度や運用が異なり対応が難しいことや都市間をつなぐインフラが未整備といった課題があり、二の足を踏んでいる企業もある。
こうした課題に対し、JBICは法制度や工業団地の整備、生活インフラ改善などの要望をとりまとめ、中央・州政府関係者に働きかける「橋渡し」をすることもあると、佐久間は語る。「融資をするだけでなく、進出に向けた課題解決の支援も私たちの重要な役割です」
次世代半導体の集積地として開発が進むドレラ工業団地。インドの半導体大手Tata Electronics(タタ・エレクトロニクス)も同団地に工場を建設中だ
半導体製造拠点としてドレラ工業団地への日本企業の関心は高い。25年7月にJBICが主催した視察ツアーには日本企業36社が参加した
ベトナムが新たな生産拠点へ、課題は労働力不足と高付加価値化
インドと並び、サプライチェーン再編の動きの中で存在感を高めているのがベトナムだ。「米中対立を背景に、日本だけでなく韓国や台湾、シンガポールの企業が中国の生産拠点をベトナムに移す動きが加速しています。この傾向は当分続くでしょう」
特に中国に近いベトナム北部に多くの企業が進出していることから、新たな課題も浮上している。労働力不足と人件費の高騰だ。安価で勤勉な労働力という従来のベトナムの強みであった労働集約型モデルには限界が見えており、今後は省人化や高付加価値化が必要になってくるだろう。
JBICがベトナムで注力しているのは、日本が主導し脱炭素を目指すAZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)の下で立ち上げた官民対話の枠組みだ。JBICは日本大使館、ベトナム商工省と共にチームリーダーを務め、日本企業46社と連携し、エネルギー政策の改善や個別案件の支援を進めている。25年3月には日越協力プロジェクトの第1弾として、総事業規模約200億米ドルに及ぶ15件のプロジェクトが選定された。
ただし、ベトナム側との交渉は一筋縄ではいかない。「大規模プロジェクトについては判断に時間がかかるため、根気と胆力、粘り強さが必要です」と佐久間は率直に語る。「国のトップから事務方まで、あらゆる階層と根気強くコミュニケーションを重ね、いつでも対話ができる信頼関係を構築するよう努めています」
エネルギー分野はベトナムのみならず、地域全体が共通して抱える課題となっている。アジアでは経済成長に伴う電力需要の高まりに加え、近年はAI産業の急成長が状況を一変させている。マレーシアをはじめ東南アジア諸国がAI産業のハブとして存在感を高めており、データセンターの誘致や半導体投資が活発化し、電力需給がひっ迫している。
JBIC アジア大洋州地域統括の佐久間佳寿子
価値やリスクを総合的に判断するデューデリジェンスを
こうした需要増に対応するため、ASEAN域内では電力供給を強化する議論が本格化している。その中核となるのが、広域な電力融通を可能にするASEANパワーグリッド(APG)構想だ。25年にASEAN議長国を務めたマレーシアは、再生可能エネルギー電源の豊富な供給力を持ち、地理的に周辺国と接続しやすいことから、同構想を推進している。
電力需要の増加とクリーンエネルギーへの転換の2つの潮流が重なり、ASEANでは今後、発電や送電分野にビジネスチャンスがあると佐久間は見る。特に長距離の送電において交流と比較しエネルギー効率が高い高圧直流送電(HVDC)は、日本企業が開発・運転・保守や、変換器・変圧器・ケーブル等の製造において高い国際競争力を持つ分野であることから、商機になり得る。
アジア大洋州地域での投資機会を検討する際に重要となるのは、地域全体を俯瞰する視点だ。単一国のみの分析で投資判断できる時代ではなくなっている。その背景にあるのは、各国が特定の国への依存を避け、政治的・経済的に考え方が近い国との協力を強める動きだ。重要鉱物のサプライチェーン整備を巡る豪州をはじめとした複数国間での連携策の動きのほか、経済規模が比較的小さい大洋州の国々の動向にもさまざまな地政学的な背景があり、気は抜けない。
「投資先の価値やリスクをさまざまな点から調査、判断する総合的なデューデリジェンスが必要です」
ただし、考え方が違う国を排除するのは現実的ではない。「技術力やリソースをバランスよく活用し、経済性を考慮しながら連携していく必要があります」
AI革命により産業構造が変化する現在、こうしたバランス感覚はますます重要になってくる。従来の技術力や品質だけで日本が競争力を維持するのは難しく、地理的に近く、歴史的にも関係の深いアジア大洋州地域との良好な関係が不可欠だ。
では、これまで培ってきた日本の丁寧で堅実なビジネス姿勢への評価を強みとしながら、スピード感を持って事業を展開するためには何がカギとなるのか。それは、実際に現地に足を運び、信頼できる現地パートナーや政府当局者との対話だと、佐久間は改めて強調する。「各国の商習慣や文化を尊重しつつ主張を明確に伝える対話のチャネルを持つことが重要になります」
アジア大洋州地域の実情を正しく理解するために、JBICなど政府機関をもっと活用してほしいと佐久間は言う。不確実性の時代こそ、変革の好機となる ── 佐久間の言葉はアジア大洋州地域で事業展開を考える企業にとって、力強いメッセージとなるだろう。
JBIC アジア大洋州地域統括
佐久間佳寿子
1994年入行。鉱物資源部長、石油・天然ガス部長、経営企画部人事室長等を経て、24年6月より現職。東京大学経済学部卒





