特集 インド 新経済大国の勃興②
国際社会におけるインドの役割等をテーマに幅広い立場から情報交換を行う機関として2004年、米アスペン研究所との提携により設立されたアナンタ・アスペン・センター。そのCEOであり、外交アナリストとしても活躍するインドラニ・バグチさんに、インドを取り巻く地政学、QUADの真の目的、これからの経済変革について聞いた。


アナンタ・アスペン・センターCEO
インドラニ・バグチさん
インドは今年のG20の議長国として、そしてグローバルサウスの事実上のリーダーとして存在感を示しています。モディ政権の外交戦略についてお聞かせください。
外交政策の中核は今も、インドの経済と社会を変革することです。見落とされがちですが、今日のインド政府が下す決定の多くにその深い歴史が影響を与えています。インドは数千年の歴史を持つ文明国家です。しかし現在は1つの憲法によって統治される、世界で最も多様で多民族、多宗教な集団の1つです。この特徴がインドという実に複雑な国をつくり上げています。
そんなインドにとっての最大の地政学的課題は、活発で拡張主義的な中国の存在です。歴史的にインドは中道を貫いてきましたが、今日の多極化する世界において、インドはその内の1つの「極」になり得ます。
なぜインドは他の国々と足並みを揃え、ロシアに経済制裁を加えないのですか?
インドは1974年に最初の核実験を行った後、欧米から数十年にわたって技術制裁を受けました。その間、ソ連、そしてロシアは、インドの科学技術分野(原子力、防衛など)の発展に貢献しました。ロシアに対する防衛依存度はかつての約70%より減りましたが今でも約50%あり、大きな数字です。
また、この70年間、パキスタンとの紛争状況が続き、中国との国境紛争も近年激化しています。ウクライナに対するロシアの行動にインドが大変憂慮していることも事実ですが、状況はより複雑であり、インドは自国の防衛上の利益を考えなくてはなりません。
戦争勃発後、インドはロシアから原油を安く提供すると持ちかけられ、その申し出を受け入れました。インドでのエネルギー価格の高騰は経済的にも政治的にも耐えがたいものでしたし、ロシアからの原油購入は実際に世界のエネルギー価格の安定に貢献しました。


インドと中国の国境紛争は、両国の経済関係にどのように影響を与えるでしょうか?
長い間インドと中国は、両国間の関係性は国境紛争と切り離して構築できると、大筋では考えていました。しかし、今は違います。インドは、今では中国がインド国内の重要分野に投資することを認めていません。中国がアプリや技術を使ってインド国民の重要なデータを集めているとも考えています。
コロナ禍では、インドは一部の医薬品原料の中国依存に気がつきました。そこでバリューチェーンの多様化を進めており、日本はその過程での重要なパートナーです。
QUADについて、インドは他の3か国と「協力」に対する考えが異なるようです。QUADが目指す「自由で開かれたインド太平洋」をモディ政権はどう見ていますか?
その点は誤解があるようです。第一に、インドは軍事的な同盟に参加したことがありません。軍事同盟は冷戦期の遺物だと考えているからです。第二に、インドはQUADが世界の未来にとって最も重要な枠組みだと捉えています。4か国が一緒にテーブルを囲み、「交通ルール」(重要な技術などに関する共通ルール)の決定ができるからです。
国際関係の将来を決める要素は3つ──技術、技術へのアクセス、そして技術を管理するルールです。それがQUADの核にあります。軍事演習云々ではないのです。
2007年に日本の安倍晋三首相(当時)がインドの国会で演説した際、「2つの海の交わり」という言葉を初めて口にし、それが「自由で開かれたインド太平洋」になりました。インドはこの理想を強く支持し続けるでしょう。


インドの経済安全保障政策の優先順位と、外国投資への影響について教えてください。
歴史的に見てインドは工業大国ではありませんでしたが、この5年でかなり変わりました。法律が簡素化され、インフラも一部を残して一変。インドは「チャイナ・プラスワン」戦略における代替地となることを志向しています。
そのため政府は投資を呼び込みたい14の製造業セクターを対象に、生産連動型の奨励策を展開しました。例えばアップル社は今、iPhoneの多くをインドで製造しています。バリューチェーンを多様化し、強靱なサプライチェーンを構築することはインドとQUADにとって極めて重要です。
インドと日本の外交関係について、どのような展望を持っていますか?
インドと日本の関係は単なる地政学的な課題の共有にとどまらず、非常に大きな意味を持つものと思います。両国は同じアジアの大国ですが、異なる段階にあります。
日本は少子化など人口動態が課題ですが、インドは若い人口が多く、その点は強みです。共に技術面で進んだ国であり、両国は「文明的な従妹」と言えます。インド人の日本に対する見方はほぼ100%ポジティブです。インドと日本の関係は、まだ潜在的な力の半分くらいを部分的にしか発揮していないと思います。

