特集 中東欧の現在地④
ポーランド開発銀行(BGK)が日本で初めて円建て外債(サムライ債)を発行し、JBICが保証
BGKが立ち上げた「ウクライナ支援基金」の資金調達であり、避難民への人道支援につながる
政策金融機関だからこそできる支援を形にし、これからも新たな挑戦を続ける

ワルシャワ近郊のウクライナ避難民施設を訪問した際には、BGKの計らいで施設の人々と交流する機会を得た
ウクライナ・周辺国支援として、JBICには何ができるか
昨年2月に起きた、ロシアによるウクライナ侵攻。日本政府はこれに毅然として対応するとともに、ウクライナへの揺るぎない支援の方針を早々に打ち出した。政策金融機関であるJBICでも、侵攻開始直後から銀行内でタスクフォースを立ち上げ、早期より支援策の検討に入った。
プロジェクトをリードした電力・新エネルギー第1部次長(当時)の金森久志さんは、こう振り返る。「支援が必要。とはいえ、われわれは援助機関ではなく、あくまで銀行という立場ですので、戦時中の国に対する直接的な融資や金融支援は容易でなかった」(注:現在は法改正により、ウクライナ⽀援目的で国際開発⾦融機関が支援する復興事業向け融資を、保証できるようになった)

インフラ・環境ファイナンス部門 電力・新エネルギー第1部 次長兼第1ユニット長(当時)
金森久志さん
そこで着目したのが「周辺国」。戦争の影響を受けているウクライナ周辺の中東欧諸国を支援することで、間接的にウクライナをサポートしようという狙いだ。この地域を管轄するJBICパリ駐在員事務所とも連携し、支援対象国を検討していった。経済規模や人口の多さ、日本企業の進出状況なども判断し、まずはポーランドをターゲットとすることに決めた。
「ポーランドは、ロシアを除けばウクライナからの避難民を最も多く受け入れている国です。人道支援という観点からも、最初にポーランド支援に着手するというのは自然な流れでした」
早速、ポーランド開発銀行(BGK)との間で協議が始まった。喫緊の課題として挙がったのがエネルギーだ。他の中東欧諸国と同じく、ポーランドはロシアへのエネルギー依存度が高く、天然ガス輸入の約8割がロシアだった。また、埋蔵量が豊富な石炭を使う火力発電が電力の約7割を占めている状況もあり、脱炭素社会に向けてエネルギー移行を進めていく必要があった。
2022年9月、JBICとBGKは、天然ガス関連インフラや再生可能エネルギー等の拡充に向けた支援を企図した覚書(MOU)の締結に至る。侵攻開始から半年が過ぎていた。
避難民を支えるファンド、資金調達のサムライ債を保証
その後の具体的な融資先の選定には想定以上の時間がかかったが、その過程で新たな支援の形が見えてきた。BGKが立ち上げた「Aid Fund(ウクライナ支援基金)」の存在だ。ウクライナから避難してきた人々に医療や教育、住宅、社会保障を提供するなどの人道支援を目的とするファンドで、避難民たちの生活費を賄う役割を果たしている。
だが、避難民の数は増加の一途をたどり、侵攻開始から1年の段階でポーランドにおけるウクライナ避難民は150万人に達していた。「戦争終結の目処も立たず、日ごとに避難民は増え続けていました。基金の予算にも上限があり、追加の資金調達が確実に必要になると睨んだのです」(金森さん)

戦火を逃れてポーランドに避難してきたウクライナの人々 写真:Omar Marques/Getty Images
資金調達先を多様化したいBGKが日本での円建て債券(サムライ債)の発行を検討中であることも把握できた。一方で、日本の投資家が、戦火の影響下にあるウクライナ周辺国への投資に慎重であることもわかっていた。そこでBGKに提案したのが、資金使途をAid Fundに限定したJBIC保証によるサムライ債発行というプランだ。


23年1月にBGKから要請を受け、実現に向けた折衝が猛スピードで動き出した。1日でも早い支援が望まれる中、ターゲットは、5月に開催されるG7広島サミットでの公式発表だ。約4カ月の準備期間、時間はギリギリ。だが、ハードルは想像以上に高かった。
実績とやりがいを糧に、他の周辺国支援にも取り組む
BGKにはサムライ債発行の前例がなく、日本語での投資家向け資料や契約書を日本の法律に準拠して作成することにも、かなりの時間を要した。結局、ポーランド政府の内諾を得たのは4月に入ってから。広島サミットまであと1カ月。誰もが間に合わないと思っていた。
電力・新エネルギー第1部と経営企画部を兼務(当時)する形でプロジェクトチーム入りし、折衝の中核を担った清水勇佑さんは言う。「日本側でできることは1日の内にすべて調整し、夜遅くポーランド側へ返し切って翌朝のレスポンスを待つ。時差も駆使して、1カ月を駆け抜けました」

インフラ・環境ファイナンス部門 電力・新エネルギー第1部
兼 企画部門 経営企画部 業務課(当時) 調査役
清水勇佑さん
こうして、5月19日のG7開幕を前に公式対外発表にこぎつけた。会期中には電撃来日を果たしたウクライナのゼレンスキー大統領へ岸田首相が日本からの継続した支援を伝える中で、JBICの本案件を直接紹介し、ゼレンスキー大統領から謝意を表されるというサプライズもあった。
G7閉幕後の5月末、プロジェクトチームの面々はポーランド・ワルシャワ近郊のウクライナ避難民施設を訪問した。戦火を逃れた女性や子どもたちを中心に100人ほどが過ごす施設で、多くの謝意を示されたという。「自分たちの金融支援が、避難民の日々の生活の支援に繋がっていることを実感しました」(金森さん)、「普段の案件とはまた違う、顔の見える支援に新たなやりがいを得ました」(清水さん)

訪問した避難民施設で、子どもたちから感謝の日の丸をもらった。それぞれの手形と名前が書かれている

2023年6月にはJBICの林信光総裁(右)がポーランドを訪問。モラヴィエツキ首相(中央)やエミレヴィッチ・ウクライナ開発協力担当政府全権代表(左)とも会談
今回の取り組みは政策金融機関だからこそできる支援であり、求められる役割に応えるための新たな挑戦でもある。これからもJBICは、ウクライナ、ウクライナ周辺国への支援を実現していく。

プロジェクトリーダーとしてチームをまとめ、大きなミッションを果たした金森久志さん(左)と、時間に追われるプロジェクトで奮闘を見せた清水勇佑さん(右)