プロデュース力を発揮し、日本と世界を取り巻く大変動に適応するために
米中の対立、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、そして、ロシアによるウクライナ侵攻──いま、世界は「大変動」の渦中にある。それらに日本がうまく適応していくことを後押しするのが、2023年JBIC法改正だ。法改正に至る世界情勢とJBICに求められる役割について、日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員の小山堅さんと、JBIC常務執行役員インフラ・環境ファイナンス部門長の関根宏樹さんが語り合う。


(左) 日本エネルギー経済研究所
専務理事・首席研究員
小山 堅 1986年、早稲田大学大学院経済学修士修了後、入所。国際石油・エネルギー情勢やエネルギー安全保障問題などを研究。2001年、英ダンディ大学博士号(PhD)取得。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。13年より東京大学公共政策大学院客員教授。著書に『地政学から読み解く!戦略物資の未来地図』(あさ出版)など。2023年、「The OPEC Award for Research」をアジア人として初受賞。
(右) JBIC常務執行役員
インフラ・環境ファイナンス部門長
関根宏樹 1995年、東京大学経済学部卒業、日本輸出入銀行(現JBIC)入行。2005年、ロンドン・ビジネススクール金融修士課程修了。インフラ・ファイナンス部門などを経て、20~21年、英国王立国際問題研究所客員研究員。帰国後、企画部門業務企画担当特命審議役として、法改正に向けた実務を担当。23年より現職。
ロシアのウクライナ侵攻で“武器化”したエネルギーが世界を揺さぶる
関根 今回のJBIC法改正の背景には、現在の、資源エネルギーを巡る世界の動向が大いに影響しています。小山さんはそうした資源エネルギーについて、「戦略物資」という観点から分析していらっしゃいます。
小山 部屋の電気をつける、ガスを使って料理する、自動車を運転する……。私たちは毎日、さまざまな資源エネルギーを使って生活しています。普段は当たり前すぎて意識していないかもしれませんが、経済や暮らしに不可欠なものであり、資源エネルギーは国の命運を分けるものとも言えます。
そのため、ある国が資源エネルギーをさまざまな圧力や駆け引きに使うと、莫大な影響力が生まれ、資源エネルギーは「戦略物資」となるのです。ウクライナ危機によるエネルギー情勢の激変は、ロシアによる「戦略物資の武器化」という観点から理解することができます。
世界はこれまで安いロシアの資源エネルギーに頼り、とりわけ欧州は、天然ガスをはじめ資源エネルギーの調達面でロシアと深い相互関係を結んでいました。しかし、ウクライナ侵攻後に西側の経済制裁が課せられる中、ロシアのエネルギー輸出そのものがリスク要因と化しました。
今、欧州ではロシアへの資源依存からいかに脱却するか、サバイバルゲームとなっています。コストをかけても安定した資源の供給を目指す方向に舵を切っています。
関根 今回のウクライナ侵攻では、資源が戦略物資となるリスクを改めて目の前に突き付けられました。だからこそ、今の時代に合ったリスクコントロールの在り方をしっかり見つめ直して、私たちの暮らしに不可欠な資源の継続的な入手が可能になるよう、調達の分散を一層考えていかなくてはいけません。
JBICの主な業務の一つが、日本にとって重要な資源の海外での開発および取得の促進です。昨今の状況を踏まえ、特定の国への依存を減らし、複数のルートから資源を獲得できるよう、ファイナンス面で支援をしていくことがこれまで以上に求められています。

コロナ禍で明らかになったサプライチェーンの危うさ
小山 分散化の重要性という点では、新型コロナウイルス感染症の大流行によるサプライチェーン(供給網)の寸断が、いかに私たちの暮らしに影響を与えたか、誰もが身を持って知ったのではないでしょうか。
日々の暮らしは身近なもので成り立っているようでいて、実はまったく身近ではない、世界中に張り巡らされたサプライチェーンに支えられています。ただ、そのサプライチェーン自体が脆弱性を持っていることを、誰もがほとんど忘れていました。
関根 おっしゃるとおりです。グローバリゼーションが進む中、より効率的に分業し、安く大量に作るところに依存することで受けていた恩恵が、決して持続可能なものではないことを、コロナ禍、そしてウクライナ侵攻によって思い知らされました。これからは、コストを払ってでも、安定したサプライチェーンを構築していくことが必要です。
しかしながら、特定国との分業に依存していたリスクを分散させ、新しく信頼できるサプライチェーンを作ることは、経済効率性に反する面もあり、一企業だけでサプライチェーンの隅々まで面倒をみることは到底できません。
そのような時代の流れの中、JBICのような公的機関が企業側の課題に対処するための取り組みとして、サプライチェーンの強靱化に向けて支援することが重要な局面になってきたことも、今回の法改正の背景にあります。


分断化された世界も、サプライチェーンの安定化を阻害
小山 ウクライナ侵攻やコロナの大流行だけでなく、米中対立を軸とした世界の分断も、資源エネルギーの継続的な供給や安定したサプライチェーンに大きな影響を与えています。
米中の対立が激化したのは前のトランプ政権の頃からですが、実はそれ以前から、アメリカの力が揺らぎ、中国が急激に追い上げ、米中の力関係が変化してきた、という実情がありました。この半世紀、グローバル経済による自由貿易のもと、分業で効率を追求しコストを最小化した結果、いつの間にか中国の製造業に大きく依存するようになっていたわけです。
さらにそこに、ロシアによるウクライナ侵攻が起き、「西側」対「中国・ロシア」という2つの軸が生まれ、そのどちらにも属さない「グローバルサウス」と呼ばれる第三極も生まれています。「戦略物資」となった資源エネルギーを巡る各国の動きは、ますます活発化していくでしょう。
このような状況下で、日本は、資源エネルギーといった重要な物資のサプライチェーンを守るために何をしなくてはいけないのか。JBICが果たす役割はより一層大きくなっていると考えます。
関根 世界の分断リスクが高まる中、戦略物資となった資源エネルギーを継続的に獲得するためには、やはり、その調達ルートやサプライチェーンの分散化を図らなくてはいけません。
もちろんコストがかかります。先ほどお話ししたように、一企業で担える話ではありません。だからこそ、政府としてリーダーシップを発揮することが必要となります。補助金や政策金融を通じ、リスクコントロールをする手段を整え、「一緒に国を強くしていきましょう」というメッセージを発していくことが重要です。
そしてもちろん、政策金融機関であるJBICも、政府とともにその責任を果たしていかなくてはいけません。

脱炭素化が加速する中、クリティカルミネラルが次の戦略物資に?
小山 実は、日本で50年前に起こった第1次石油危機(オイルショック)も、資源エネルギーを特定の国や地域に依存してしまったことが要因でした。そしてまた、今回も同じようなことが起きている。私は、この先も同様なことが起こりうるのではないか、と危惧しています。それは、「クリティカルミネラル」と呼ばれる重要鉱物への需要の急増です。
電気自動車に必要なリチウムイオン電池やレアアース、半導体などに使用されるリチウムやシリコン、ニッケルといったクリティカルミネラルは、世界中が脱炭素化の取り組みを加速する中で、今後需給が逼迫することが見込まれます。
ただ、一部のクリティカルミネラルは特定の国が圧倒的なシェアを持っているため、依存は避けられません。それでも、依存をある程度まで抑制する、または適切に分散するために、どう対応するかが、今、求められていることです。
関根 日本は、クリティカルミネラルといった資源を「製品化」するサプライチェーン全体の中では、その過程において、優れた技術を随所に有しています。そのため、開発・生産・調達という一連の流れの中で、関連する外国企業ともパートナーシップを組んで新しいサプライチェーンを作り上げる場合には、中心的役割を担うことにもなります。
新たな強いサプライチェーンを作るために、日本が核となりながらも、オールジャパンだけではないグローバルな連携が一層求められるなか、こうした動きをファイナンスの力で支えていくことが、JBICに課せられている役割だと認識しています。


構造転換には、スタートアップによるイノベーションの推進が必要
小山 脱炭素化に向けた課題としては、世界の多くの国々が2050年までにカーボンニュートラルを目指しています。これからの30年、エネルギーの需給構造を根本的に変える必要に迫られます。とてつもなく大変なことです。
今後、再生可能エネルギーは間違いなく拡大しますが、同時に、先ほど申し上げたように、クリティカルミネラルの需給逼迫や、変動型自然エネルギー(風力や太陽光など)の拡大に対応するための統合コスト増、といった課題も山積しています。そのような状況を想定すると、水素やアンモニアといった日本が強みを持つ分野をさらに活用するために、イノベーションを推進する取り組みも必要です。
関根 まさに、世界的なグリーン・トランスフォーメーション(GX)の動きは不可逆的だと考えています。
世界のどの国を見ても、エネルギー革命をその国の重要課題として掲げています。ただ、どのように実現していくかは、それぞれの国の事情によって道筋はさまざまです。あらゆるものにチャレンジして高みを目指し、イノベーションを重ね、軌道修正をしながら目標に向かっていくしかありません。
当然、日本にも同様のチャレンジが必要です。今回の法改正により、デジタルやグリーンなどの成長分野におけるイノベーションを生み出すスタートアップへの出融資機能が強化されました。これにより、JBICは、イノベーションの促進も含めて、世界的なGXを支えていく態勢が整いました。

小山 今年(2023年)広島で開催されたG7サミットでは、あらゆる技術やエネルギー源を活用する「多様な道筋」の下でカーボンニュートラルを目指す、という姿勢が世界に示されました。欧米などの先進国がやろうとしていることを「唯一の道」とするのではなく、「多様な道筋」があることを示してグローバルサウスの国々にも寄り添う姿勢をG7として明確にしたことは、日本の大きな貢献だと私は考えています。
そして、日本がさらに世界で存在感を保ち続けるには、日本が得意とする水素関連技術などを生かしたサプライチェーンの確立も必要です。
関根 そのためには、さらなる技術革新がないと実現できないと思っています。だからこそ法改正では、新技術・ビジネスモデルを活用した事業や資源開発事業、そしてスタートアップ企業に対して、特別業務勘定での支援が可能となったことには大きな意味があります。
岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」においてもスタートアップの育成が掲げられていますので、これは政策に沿った法改正ではあるのですが、JBICにとって、「スタートアップ」を大きく前面に打ち出すのは、新しい取り組みと言えます。
つまり、我々自身が時代の流れに沿って、企業の誕生・成長・安定のすべてのステージを支えていくために、より多くの企業に親しみを持ってもらえるよう変わっていかなくてはいけない。改めて、そのことを自覚しています。

法改正の真の効果を生み出すために、JBICに求められる「プロデュース力」
小山 世界は今、本当に大きく変わろうとしています。その中で、日本を含め各国は、それぞれが必要な対応を講じていかなくてはなりません。国家が政策や戦略を持って牽引していく必要があります。その支え役として重要な鍵になるのがファイナンスの力であり、日本でその中心に座っているのがJBICです。
関根 さまざまな課題が複雑化し、変化も早い中で、誰もが新しい世界の在り方を模索している状況です。その中で国民が安心して暮らしていけるよう、国自体が強くならないといけません。
ファイナンスはそのための手段であり、JBICとしても、実現に向けた課題を見つけて対応していく必要がありますが、一国だけで解決策を提供するのは、もう限界だとも感じています。場合によっては、得意分野を持つ他国や企業とも連携する、その繋ぎの役割も我々は担っていると考えます。
また、今後JBICが取り組んでいく資源エネルギーのサプライチェーンの構築やスタートアップへの支援などでは、ただ顧客からの依頼で動くのではなく、共に目標へ向かうパートナーとしての姿勢を持って、どういった解決策があるのかを我々の側から提案していくことも必要になります。言い換えれば、これからのJBICには「プロデュース力」が求められる、と考えています。
小山 今回の法改正を通じて、JBICは今後、新しいスタイルで事業に取り組んでいくことになるのだろうと思います。これまでも長らく、日本のエネルギーを支えるという重要な役割を果たしてきたJBICが、これからのエネルギー変革を成功裏に進めていってくれると大いに期待しています。
