変化する地政学的状況、グローバルサウスの現実、気候変動への無策がもたらすリスク、そして世界における日本の役割──グローバル戦略アドバイザーで著述家、さらにAIを使った地理空間分析プラットフォーム「AlphaGeo」のCEOを務めるパラグ・カンナさんが、これらのテーマについて深く掘り下げ、示唆に富む洞察と独自の視点を交えて語った。


AIを使った地理空間分析プラットフォーム
「AlphaGeo」の創設者・CEO
パラグ・カンナさん
インドで生まれ、アラブ首長国連邦、ニューヨーク、ドイツで育つ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得し、ジョージタウン大学で学士号及び修士号を修める。AIを使った地理空間分析プラットフォーム「AlphaGeo」の創設者・CEO。執筆した7冊の著書はベストセラーとなり、世界中のメディアに登場しながら、各国政府への助言も行っている
グローバルサウスは、政治的、経済的、文化的に多様な背景を持つ国々の集まりですが、共通の関心や課題はあるとはいえ、足並みをそろえた行動は難しいように思われます。
より広い視点から見ると、現在の国際社会では、国同士が協力したり、ブロックや同盟として統一行動を取ったりすることが難しくなっています。その理由は、外交における従来のアプローチや、国際関係の構造的背景そのものが大きく変化しているためです。冷戦や新冷戦時代であれば、各国は予測可能な同盟を組んで行動することが一般的でした。しかし、現在ではそのように動く国はほとんど見られません。
西側諸国、特にNATO(北大西洋条約機構)がそのような行動の代表例ですが、統一性や調和、友好、協調といった特徴はあまりなく、一般的には米国が中心となり、案件ごとに参加したい国が加わるという形をとっています。
つまり、世界的な潮流として、同盟関係は私が「マルチアライメント」と呼ぶものに置き換えられつつあります。この「マルチアライメント」という言葉は、20年ほど前に私が造ったもので、各国が固定的な同盟関係に縛られるのではなく、自国の利益を優先しながら機会主義的かつ利己的に行動する現代の世界を表しています。別の言い方をすれば、現在の世界は「同盟」ではなく「一時的な関係」の時代に移行しているのです。
ただし、これは協力や相互利益が存在しないという意味ではありません。むしろ、状況に応じた新しい多角的な連携の形が生まれてきていると言えるでしょう。
例えば、日本が創設メンバーであるQUAD(日本、米国、豪州、インドの4カ国による協力枠組み)に、その特徴が表れています。同じことはBRICSにも言えます。BRICSはもともと投資の分野で生まれた言葉で、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカという新興国を指していましたが、現在では地政学的なグループを意味するようになり、イランやエジプト、エチオピア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、インドネシアが新たに加わっています。
国際関係論や国際政治経済学では、これらの枠組みを「同盟」ではなく「クラブ」と呼びます。このロジックをグローバルサウスに当てはめてみると、該当する国々が協調的に行動しないのは当然と言えます。
グローバルサウスに関していえば、特にこの傾向が顕著です。これらの国々には、植民地支配を経験したポストコロニアルの国々とされること以外、ほとんど共通点がありません。属する地域も、中南米、アフリカ、西アジア、アラブ世界、南アジア、東南アジアなど多岐にわたります。ですから、私は一括りに「グローバルサウス」として語るのではなく、それぞれの地域に分けて捉えるようにしています。
では、グローバルサウスの国々の間で、国境を越えた、あるいは国際的な多国間協力が行われているかといえば、BRICSやSCO(上海協力機構:中国とロシアが主導する経済・安全保障に関する地域グループ)、AIIB(アジアインフラ投資銀行:中国が主導する、途上国を対象とした地域インフラ整備支援のための金融機関)などがその例として挙げられます。
これらすべての組織において中国は主要なハブとしての役割を果たしていますが、中国がグローバルサウスの一部かというと、むしろ、国際社会における超大国として位置付けられる存在です。

グローバルサウスの名目GDPの合計は、2040年頃に米国と中国を上回ると予測される。 *グローバルサウスは、中国を除くG77加盟国を指す。グラフのデータは三菱総合研究所による(実績はIMF、予測は三菱総合研究所による)。使用に際して一部修正(予測は2023年7月時点でデータが入手可能な国々の集計値)

インドを含めたグローバルサウスは急速な人口増加を続け、2050年までに世界の人口の70%を占めると予測される。*グラフのデータは、国連『World Population Prospects 2024』をもとに三菱総合研究所が作成。使用に際して一部修正
なぜグローバルサウスという考え方が今なお注目されているのでしょうか?
それは、この言葉が南のさまざまな国々が同時に発揮しているダイナミックな役割や発言力、自負心を表すのに適しているからです。例えば、南アフリカがイスラエルを国際司法裁判所に提訴する動きを見せたり、ブラジルが環境基準を含む国際貿易交渉で力を発揮したり、インドがアフリカ全域で商業外交の面で影響力を示したりしています。
これはイスラム世界という捉え方にもよく似ています。9.11同時多発テロの直後であった20年以上前には、すべてが「西洋対イスラム世界」という図式で語られましたが、この捉え方はやがて消えました。この言葉は実際には意味のある概念ではなく、イスラム圏の国同士が協調して行動するわけでないからです。
外交的な観点から見ると、グローバルサウスという言葉も同様に、あまり意味を持たないかもしれません。第三世界や途上国を指す新しい呼び方にすぎず、単に言葉が変わっただけです。しかし私は、どの国家やどの地域が、独自の判断に確信を持ち、独自の方向で物事を進め、独自の政策や戦略を立て、より大きな影響力を獲得しながら外交や交渉を行っているのかという点に非常に興味を持っています。
ポストコロニアルの考え方は、まだ75年間しか存在していません。この考え方に該当するとされる国々が最も避けたいのは、自由や自主性、主権を抑制するような体制に組み込まれることです。何世紀にもわたる植民地支配を抜け出したこれらの国々は、中国の駒になることも、新たに西側同盟に加わることも、他の国々とひとまとめにされることも望んでいません。
彼らは自国の独立と自由を大切にしています。俯瞰的に見ると、「米国側か中国側か? 東側か西側か?」という問いに収束しがちですが、私はまったく逆の視点で世界を見ています。その問いへの答えは、150の国々がどう行動するかにかかっているのです。中国と米国が望むものを得られるかは、他の国々の行動次第です。それらの国々が一枚岩ではない点こそ、今の世界を非常に興味深くしています。
BRICSやかつての第三世界とグローバルサウスは概念としてどう違うとお考えですか?
BRICSは、非常に具体的な目的のために設立された限定的な国々のグループです。そのため、実際には従来考えられていた以上に大きな意味と重要性を持っています。2024年10月にロシアのカザンで開催されたBRICS 首脳会議を受け、多くの人々がBRICSの重要性に気づき始めています。私にとって重要な指標は、ニューヨーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズがどれだけ取り上げているかではありません。本当の指標は、実際にBRICSが何を成し遂げているかです。
そして明らかに、BRICSは具体的な成果を上げており、それゆえ重要なのです。私は、主にアジアで展開されている次のような組織や取り組みの役割に大変興味を持っています。BRICS、AIIB、SCO、中国の一帯一路構想(2013年に開始された国際インフラ開発プロジェクト)、RCEP(東アジアの地域的な包括的経済連携:ASEAN、豪州、中国、日本、ニュージーランド、韓国が2020年に署名)、そしてもちろんQUADやAUKUS(豪州、英国、米国によるインド太平洋地域の安全保障枠組み)です。
私はこれらすべての取り組みを強く支持します。これらは新しい外交と協力の方向性が生まれていることを示していて、米国や中国、欧州によって強制されたものではありません。世界の国々の間で、外交、商業、インフラ、金融、技術の結びつきが花開いていることを示しているのです。
国際社会でのグローバルサウスの役割については、どうお考えですか?
各国が互いの行動から学ぶという点で、グローバルサウスには心理的な価値があります。例えば、ある国が米国の圧力に立ち向かえば、他国もそれを学びます。技術官僚的な指導者の選出やビットコインの準備通貨への採用、自国通貨建ての債券の発行、中国の債務の株式化への拒否、高速鉄道プロジェクトなど、他国もその成功を参考にします。
私はシンガポールに住んでいますが、多くの国が国家運営を学ぶためにこの国にやってきます。シンガポールは国家運営に優れている国と言えます。私はシンガポール国立大学のリー・クアンユー公共政策大学院に所属していますが、毎週のように世界中から大臣、市長、大使、知事などの代表団が訪れています。世界の中でも小さな国の1つであるシンガポールが、他の国々に国家運営の方法を教えているのです。
もはや単一のモデルでは通用しません。他国から学ぶという点で、私が著書の中で「次善のもの」と呼ぶ理論があります。それは、一般的に国家は達成可能な目標しか目指せないというものです。
例えば、アフガニスタンが目指すべきモデルはスイスではありません。モンゴルのモデルもスイスではなく、カザフスタンです。いずれも内陸国で、専制的なソ連の影響と支配から脱却しました。天然資源が豊かで、人口が少なく、気候は厳しい。デンマークや日本のようになりたいという希望は現実的ではありません。
日本は世界でも安定した民主主義国家の1つですが、現時点で他の国々が日本のようになることは困難です。日本の投資を受け入れ、研究し、刺激を受けることは可能でも、日本のようにはなれません。グローバルサウスの対話の素晴らしさは、他国の小さな段階的な進歩から互いに学ぶことができる点にあります。
統一された集団ではないグローバルサウスですが、新たな世界秩序や国際ルールの形成にどのような影響を与えるのでしょうか?
グローバルサウスは南アフリカ、ナイジェリア、ブラジル、インドなど、さまざまな国々の行動の総和となるでしょう。これらの国々が個々に強い発言力を持てば持つほど、全体としての発言力も大きくなります。国連や世界銀行のような国際的な組織がいきなり改革されることは考えにくいですが、新しい組織が形成され、独自の活動を展開していくことで、既存の組織の重要性が低下することは起こり得ます。
2024年の米国大統領選の結果は、多極化への移行にどのような影響を与えると考えますか?
多極化への移行はすでに始まっており、20年以上前から続いていると考えています。2024年の選挙結果により、この流れはさらに加速するでしょう。世界各国は、たとえ米国の友好国であっても、米国だけに頼ることはできないと認識しており、それがいわば保険として独自の道を模索する原動力となっています。
ただし、インド、ウクライナ、イラン、メキシコなど、国によって状況は異なります。各国は自国の利益を追求します。米国の友好国であれば、大統領が誰であれ友好関係を維持したいと考えるでしょう。しかし同時に、大統領が誰であれ、自国の利益を最優先に考えた行動も起こしていくでしょう。

気候変動についてうかがいます。私たちは気候変動に適応することで危機を乗り越えられると思いますか?
正直に言えば、私は悲観的です。技術の進歩には楽観的ですが、気候変動については体系的に十分かつ迅速な対策が取られているとは思えません。日本のように適応力とレジリエンス(強靱さ)を備えている国もありますが、グローバルサウスは深刻な影響を受けており、対応力に欠けています。地球全体で見ると、状況は非常に厳しいと言わざるを得ません。



日本の話に移りますが、グローバルサウスと日本の関係をどのようにお考えですか?
グローバルサウスにとっての日本の存在を過小評価すべきではありません。日本は世界最大級の貿易国であり、投資国でもあります。模範的な国として多方面で活躍し、開発援助の主要な提供国であると同時に、国際機関でも重要な役割を果たしています。これらの要素は、世界における日本の役割の現状を明確に示しています。
しかし、時にそれらが過小評価されているのは残念です。例えば、多くの人々は10年ほど前に中国が一帯一路構想を打ち出すまで、ユーラシア大陸横断の貿易ルートが存在しなかったかのように考えています。しかし、欧州と日本は何十年も前からユーラシア大陸の連結性を高めるインフラ整備に投資してきたのです。中国の取り組みは、それを増幅させたものにすぎません。
特に、日本の影響力は世界のどこよりも、私が在住する東南アジアや、研究対象とするインドを含む南アジアでより顕著であり、これらの地域での存在感と影響力の発揮に最も注力すべきです。
具体的な施策として、日本はグローバルサウスの成長と繁栄を支援するために、どのようなことができると考えますか?
最も重要となるのは貿易と投資です。正確には「投資と貿易」の順番で考えるべきでしょう。なぜなら、投資が貿易に先立つからです。投資がなければ、取引できるものが発生しません。農業でさえ、機械化や近代化、グローバル市場への接続には外国からの投資が不可欠です。投資は単なる経済活動を超え、架け橋を築き、友好関係を深める手段でもあります。
貿易は相手の交代が容易ですが投資は違います。そのため、経済成長を促進し、国同士の強固な関係を築くには投資が非常に重要なのです。現在はサプライチェーンの確保や製造業などの誘致をめぐる競争が激化しています。こうした分野で、日本は重要な役割を果たせると考えます。
日本では、人口減少が経済に影響を与えています。今後の見通しをどのように考えますか?
日本経済の現状は、起こるべくして起きた結果です。超近代国家で、高齢化が進み、成長が鈍化して労働コストが高く、福祉に重点を置き、通貨も弱い―こうした条件では、現在の事態になるのは当然です。
生活の質は高いものの、人口減少により幅広いイノベーションが起こりにくくなっている点は懸念されます。競争力のある他国が多くの分野で日本の地位を侵食しています。日本はいわば「余生」を送っているようなものです。この点で、日本とドイツは非常に似ています。
将来を見据えると、日本は指導的地位を維持したい分野を明確にし、重点的な投資を行う必要があります。現在、日本はAI、半導体、ロボット工学への研究開発予算を増やし、これらの分野で国際的な競争力を強化しようとしていますが、この取り組みが進まなければ、中国にさらに優位性を奪われる可能性が高いと言えます。

解決策の1つとして移民の受入れ数を増やすという意見があります。
私は最新の著書『移動力と接続性 文明3.0の地政学』で日本について一章を割きましたが、驚くべきことに、多くの人の認識とは異なり、日本には毎年記録的な数の移民が流入しています(在留外国人は2023年末時点で約341万人と、前年比約11%増の記録的な増加となっている)。統合や同化の進み方についてはさまざまな見解がありますが、日本は急速に移民の目的地となっており、そしてそれは予想外であっても避けられないのです。
グローバルサウスや国際社会におけるJBICの影響力や役割とは何でしょうか?
過小評価されがちですが私はインフラ投資の重要性を強く信じています。特に「気候ストレス」と「気候適応」の観点から、再生可能エネルギー、安定的な電力供給、レジリエントな農業、海水淡水化、洪水対策などへの投資が急務だと考えています。
そして、各国がグローバルバリューチェーンにおいて独自の強みを発揮できる分野を見つけ、それを支援するために投資を行うことです。食品加工、製造業、再生可能エネルギー、または電池など、各国の最適な機会を見極め、支援することこそが、日本の影響力を構築する機関としてのJBICが、世界各国で投資を行う際に中心とすべき視点です。
JBICに助言すべき具体的な戦略はありますか?
俯瞰的に検討すべき問題だと考えます。現在、インドや中国などの輸出促進機関や外国投資機関の間では、非常に激しい競争が行われています。日本は戦略的にインドと東南アジアとの関係を優先するべきです。私が著書『「接続性」の地政学 グローバリズムの先にある世界』で述べたように、世界における重要性や影響力は規模ではなく、接続性によって決まります。日本が接続性を失えば、影響力を失います。したがって、JBICは、日本と世界をつなぐ重要な柱の1つであるべきです。

国際政治学者、AlphaGeo創設者・CEO
パラグ・カンナさん