特集エネルギー安全保障の新たな選択肢 バイオ燃料の現在地
国際情勢の不安定化を受け、エネルギー政策は環境面だけの問題ではなくなった。既存インフラを活用できる現実的な選択肢として、バイオ燃料が再び注目を集めている。国内での導入が滞る中で、日本がバイオ燃料の製造段階から深く関与する意義とは何か。特定のエネルギー源に依存しない成長戦略の可能性について、JBIC資源ファイナンス部門長の天野辰之が解説する。
植物や廃食油といった生物由来の資源からつくられる燃料のこと。燃焼時にCO₂を排出するものの、原料となる植物が成長過程でCO₂を吸収するため、化石燃料に比べ排出量を抑えられる。ブラジルではサトウキビ由来のエタノールがガソリン混合燃料として広く普及し、欧米ではSAF(持続可能な航空燃料)の導入が進むなど、脱炭素とエネルギー安全保障の両面から世界的に注目されている。
ブラジル・インドネシアが先行、再評価されるバイオ燃料
「3年前にシンガポールで開催されたエネルギー関連の会議に参加した際、誰もが『これからは再生可能エネルギーと水素の時代が来る』と口をそろえて言っていました。しかし、現在、その見方が変わっています」
国際協力銀行(JBIC)常務執行役員で資源ファイナンス部門長の天野辰之がそう語る背景として、水素の製造・輸送コストが想定ほど下がっていないという現実がある。脱炭素化を進めながらも、当面は化石燃料と一定期間共存せざるを得ないという認識が強まっている。
JBIC 資源ファイナンス部門長の天野辰之
さらに近年、ロシア・ウクライナや中東の情勢の不安定化を受け、エネルギー供給網の脆弱性が改めて浮き彫りになった。資源価格の高騰や供給混乱が各国経済に与える影響も大きく、エネルギー政策は環境面に限った問題ではなく、国家の競争力や安全保障に直結する。「そのため近年は、脱炭素の推進に加え、特定地域への依存を減らし、エネルギー供給源を多様化するエネルギー安全保障の重要性も高まっています」と天野は強調する。
そうした中、現在、再評価されているのがバイオ燃料だ。植物や廃食油など生物由来の資源からつくられる燃料で、既存インフラを活用しながらCO₂排出量を抑えられる点が特徴とされる。実はバイオ燃料の歴史は古い。蒸気機関よりも経済的なエンジンとして、約130年前に発明されたディーゼルエンジンに最初に社会実装された燃料はピーナッツ由来の油だった。バイオ燃料は新しい技術ではなく、むしろ化石燃料が主流になる以前から存在していたエネルギー源だ。
実際、バイオ燃料の原料が豊富な国々では、活用が進んでいる。ブラジルではサトウキビやトウモロコシなどを由来とするバイオエタノールが普及しており、自動車用燃料として、ガソリンにバイオエタノールを22~35%混合することが義務付けられ、100%バイオエタノール対応の自動車もある。インドネシアではパーム油由来のバイオ燃料政策が積極的に推進されている。
バイオ燃料の強みは「現在使用されているインフラを使える点」だと天野は述べる。既存の物流網やガソリンスタンド設備を大きく変えることなく導入できるため、移行コストを抑えやすい。
例えば、ガソリンに一定割合のバイオ燃料を混ぜることで、輸入原油への依存を減らすことが可能になる。10%混合すれば、その分だけ輸入量を削減できる計算だ。
「電源のバリエーションを持っている国は、世界でいろいろなことが起きても強みを保てます。エネルギー安全保障を考えたとき、特定の国に依存しない、特定の技術に依存しないということが、一番重要だと考えます」
単なる輸入ではなく製造する側に。JBICは現地との調整役を担う
バイオ燃料が世界的に見直されているものの、日本では導入が限定的だ。最大の理由は国内で原料を十分に確保できないことにある。ブラジルやインドネシアのようにサトウキビやパーム油などの原料を大量生産できる国と比べ、日本は海外調達に依存せざるを得ず、輸送費も含めてコストが高くなりやすい。「日本ではバイオ燃料をほとんど生産していない」という現状がある。
日本でも1970年代の石油危機後、バイオ燃料の導入を試みた時期があったが、コスト高の点から、省エネルギー技術や高効率エンジンの開発が重視された。また、石油を安定的に輸入できることを前提に、燃費性能を高める方向へ技術革新が進められ、バイオ燃料への投資は進まなかったという背景がある。
今後、世界的にバイオ燃料関連市場の拡大が見込まれる中、日本はどうすべきか。天野はまず「原料生産国との連携が極めて重要」とし、日本企業が単にバイオ燃料を輸入するのではなく、製造段階から深く関与する必要があるとの見方を示す。「ただ燃料を買ってくるだけでは、新たな依存関係を作るだけです。製造する側に日本企業が入っていくことが不可欠です」
「エネルギーを特定の国や地域に依存するのではなく、多様な供給網を築くことが、日本のエネルギー安全保障につながる」と天野は語る
国家のエネルギー政策といった重要課題に関わりながら、JBICはこれまで培ってきた各国政府や現地企業との信頼関係を軸に、日本企業が良好な関係構築をする際の調整役としての役割を担っている。
直近では、インドネシア国営石油会社プルタミナとのビジネス・ラウンドテーブルも実施した。インドネシアやブラジルのように原料が豊富な国で生産し、まずは現地で消費する地産地消モデルを構築した上で、将来的に日本への供給拡大を視野に入れる考えだ。製造だけでなく、物流や品質管理といった分野にも参入余地があるという。「今はまだ輸送費が高いですが、最初はその国で作って、その上でコストが下がれば、日本への展開も可能になります」
日本の強みを生かしたバイオ燃料の活用の可能性
さまざまな分野でのバイオ燃料活用において、日本は強みを生かせるだろうと天野はみている。
船舶や航空分野の燃料については、電化による脱炭素が難しく、石油に頼らないよう燃料転換が不可欠だ。日本の海運業界は国際競争力が高く、バイオ燃料を使用する特殊な船舶の導入といった面でも存在感を発揮できる。
日本の自動車業界は、内燃機関、ハイブリッド、水素、EVなど、多様な選択肢を提供でき、「あらゆるタイプのパワートレイン技術が強みになります」と天野は言う。世界ではEVシフトが加速しているものの、全ての地域や用途でEVが最適解になるわけではない。そのため、内燃機関が将来的にも一定の役割を果たし続けるとみられている。既存のエンジン技術を生かしたバイオ燃料の活用は、脱炭素化に大きく貢献する。
鉄鋼業界では、石炭由来のコークスの代替として高密度木炭を利用する研究も進んでいる。脱炭素化が難しい高炉製鉄においても、既存設備を活用しながら排出削減を進める現実解として期待されている。バイオ由来資源を活用する技術は、産業競争力を維持する観点からも注目されている。
エネルギー多様化におけるバイオ燃料の意義
これまでバイオ燃料については「水素社会への橋渡し的存在であり、中間的な移行段階を支える技術に過ぎない」という見方があった。しかし天野は、「将来的にも多様なエネルギーの1つとして残り続ける可能性が高い」と考えている。水素普及の難しさに加え、エネルギー安全保障を重視する世界的潮流のもと、特定のエネルギー源に依存すること自体がリスクと見なされるようになっているからだ。
「今、国内外のエネルギー企業の幹部と話すと、『今日、直ちにイランと米国の間で停戦が合意されたとしても、エネルギー環境は変わる。中東から8割以上の石油を買うような時代には、もう戻らない』という声が聞こえてきます。エネルギービジネスがより多様化していくことは必至でしょう」
そのような状況から、バイオ燃料関連市場は拡大が見込まれ、エネルギーを巡る環境が大きく変化する中で、日本企業には新たなサプライチェーン構築への参画機会も広がっている。バイオ燃料の製造、流通にとどまらず、さまざまな分野で強みを持つ日本企業が連携し、海外パートナーとともに事業を育てていくことができれば、日本の産業競争力強化にもつながる可能性を秘めている。
そのためには、バイオ燃料ビジネスにおける長期的な原料調達契約や金融支援の仕組みづくりも重要だ。天候不順や農産物の価格変動など、原料の不確実性が大きい産業だからこそ、JBICのような政策金融機関が果たす役割も大きい。
脱炭素とエネルギー安全保障の両立が求められる時代において、重要なのは、1つの正解に依存しない、エネルギー源の多様化である。EV、水素、再生可能エネルギー、そしてバイオ燃料。それぞれの技術を組み合わせながら、多様なエネルギー源を併用していくことが、今後の現実的な道筋となるだろう。
JBIC 常務執行役員
資源ファイナンス部門長
天野辰之
1995年入行。2023年7月より資源ファイナンス部門長として世界のエネルギー・資源分野を巡る動向分析や戦略立案を担う。19年から23年までは調査部長として日本企業の海外展開や地政学分析を担当。東京大学法学部卒。ペンシルヴァニア大学ロースクール修了。ニューヨーク州弁護士





