特集エネルギー安全保障の新たな選択肢 バイオ燃料の現在地
サトウキビ由来のエタノールを強みに、バイオ燃料大国として注目を集めるブラジル
1970年代の石油危機を契機に約50年間にわたり国策としてバイオ燃料を推進してきたブラジル。現在、国内で販売するガソリンには約30%のエタノール混合が義務付けられ、さらには純エタノールもガソリンスタンドで手軽に給油できるなど、生活や産業に完全に定着している。伝統的にはサトウキビを原材料とし、生産地でエタノールを製造してきた。近年はトウモロコシ由来のエタノールも急成長し、約2割を占めている。SAF(持続可能な航空燃料)などの次世代燃料の製造拠点としても世界中から熱い視線を集める。
2025年11月、ブラジルで開催された国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)。その舞台裏で、JBICはブラジルの二大政府系金融機関であるブラジル銀行とブラジル国立経済社会開発銀行(BNDES)との間でそれぞれ、バイオ燃料分野を中心とする協力の覚書を締結した。
狙いは、世界有数のバイオ燃料大国であるブラジルとの連携強化にあった。ユニット長として覚書締結に携わった小田真弘は締結までの経緯をこう振り返る。「同じ年の3月に、BNDESとの間で約6年半ぶりとなる第6次クレジットラインを結びました。当時の主な融資対象は送電分野とバイオ燃料分野でしたが、COP30開催のタイミングで特にバイオ燃料を前面に出した取り組みを進めようと考え、次のクレジットライン組成を目的とする覚書を締結しました」
そしてCOP30を契機に深めた協力関係を下地とし、26年4月東京での日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議の開催に合わせJBICとBNDESは第7次となるクレジットラインの融資契約締結を実現させた。
(左から)JBIC インフラ・環境ファイナンス部門 電力・新エネルギー第2部 第3ユニットの星野裕衣(当時)、小田真弘、渡部耀元
日伯それぞれの強みを生かして、新しいモビリティ社会の実現へ
バイオ燃料分野への注目を後押ししたのが、両国政府間で立ち上げた「持続可能な燃料とモビリティのためのイニシアティブ(ISFM)」であるとブラジル銀行やBNDESとの窓口である渡部耀元は解説する。
「ブラジルはバイオ燃料の生産と普及において世界をリードしています。一方で、日本には世界に誇る自動車のエンジン製造技術やハイブリッド技術といった、内燃機関における卓越した技術力があります。両国の強みを合わせて、新しいモビリティ社会の在り方を推進していこうというのがISFMの目的です」
バイオ燃料の取り組みを進めるにあたりJBICが2つの銀行と協力するのは、それぞれに違った強みがあるからだと渡部は説明する。「バイオエタノールのサプライチェーンでいうと、ブラジル銀行は上流、つまり原材料のサトウキビやトウモロコシを生産する農業分野に極めて強い基盤を持っています。農業生産者や栽培現場への資金供給にはブラジル銀行との協業が最適です。他方で、BNDESは国内の経済社会開発、とりわけ大規模なインフラ開発に強みがあります。収穫された原材料からエタノールを製造するプラントの建設や、それを国内各地へ届けるインフラ整備といった中流・下流はBNDESとともにサポートする。この2つの関係構築により、サプライチェーン全体を包括的に支援します」
この戦略の根拠となったのが、日本企業の現地での活発な動きだったと小田は言う。「日本の商社とお話しする中で、サトウキビの栽培・生産という上流分野に注力していることがわかりました。さらに中流の燃料製造、下流の流通に至るまで、日本企業がさまざまな形で関与しようとしています。上流・中流・下流のそれぞれに固有の課題や資金ニーズがありますが、JBICのファイナンスの力でこれらを解決できれば、日本企業のビジネス機会を増やすことができる。日本企業の利益につながるという確信があったからこそ、この取り組みを力強く進められました」
ブラジルのガソリンスタンド。同国内で販売される自動車の約75%が「フレックス車」で、ガソリンとエタノールを任意の割合で給油できる
BNDESとの信頼関係が支えた、第7次クレジットライン締結
こうした流れの中で契約締結の実務を担当したのが星野裕衣だ。「4月のBNDESとの第7次クレジットライン締結におけるポイントは、環境審査プロセスの効率化でした。もともと、BNDESの厳格な行内環境審査プロセスがあった上で、さらにわれわれJBICの環境審査プロセスが重なるため、事業者にとって二重の手間が発生していましたし、クレジットラインの迅速な活用を阻害する面もありました。BNDESとも何度も議論を重ねなくてはなりませんでしたが、お互い同じ課題意識を持っていたので、非常に建設的な対話ができました」
ブラジルとのビジネスで避けて通れないのが、時差と文化の違いだ。「日本とはちょうど12時間の時差があります。季節も逆で、1月からは夏季休暇に入ります。そして何より、彼らにとってカーニバルは絶対に譲れない神聖な文化です。2月中旬からのカーニバル期間中は案件の大詰めを迎えていても連絡を取りづらくなります。4月の調印を目指して動いていたので、彼らのカルチャーを織り込みながらの進行は、パズルを解くような難しさがありました」
そんな文化的な違いがありながらも、現地担当者の誠実さに何度も救われたと星野は振り返る。「ブラジルの担当者はメールを細かく読んで、驚くほどまめに返信してくれます。何より非常に真面目です。BNDESの人たちは最初からできない約束はしないので、合意までに少し時間を要します。一方で一度コミットした目標に対しては、最後までしっかりまとめてくれる。進捗の週間報告も欠かさず、最大級の誠意をもって対応してもらえるので、パートナーとして深く信頼できましたし、彼女たちと一緒に何とか案件を実現させたいという強い気持ちを持てました」
サトウキビ畑近くに立つバイオエタノールの精製工場。ブラジルはサトウキビ由来エタノールの世界最大の生産国だ
ブラジルとの連携強化が日本のこれからの鍵に
今回の第7次クレジットラインの調印が日伯賢人会議にピタリと間に合ったのは、こうした日伯の担当者間の強固な信頼関係があったからにほかならない。JBIC代表取締役総裁も賢人の一人として出席した同会議の提言書は、両国の首脳に直接報告される極めて重い意味を持つ。
「地球の裏側で一見遠い国に思えますが、安定的な供給が期待できるブラジルと今から深く連携しておくことは、日本の未来の鍵になり得ます。ISFMという成功モデルは、他の国への横展開も期待できます。同じようにエネルギー調達や農家支援に課題を抱えているインドやインドネシアなどは、まさに次の展開先として非常にフィットするはずです」と小田は期待する。
時差を越え、カーニバルの熱狂の裏で緻密な情報のやりとりを行いながら結ばれた日伯の絆。日本の卓越した技術と、ブラジルの広大な大地が紡ぎ出すバイオ燃料の未来は、クリーンエネルギー社会のスタンダードとなり得る可能性に満ちている。
JBIC インフラ・環境ファイナンス部門
電力・新エネルギー第2部 第3ユニット ユニット長
小田真弘
2005年入行。これまで自動車・化学・重工業・資源・電力分野における案件組成に従事。メキシコ駐在、資源エネルギー庁(原子力政策課)出向、総裁秘書を経て、24年より現職。慶應義塾大学経済学部卒
JBIC インフラ・環境ファイナンス部門
電力・新エネルギー第2部 第3ユニット
渡部耀元
2019年入行。社会インフラ部、財務部を経て25年6月より電力・新エネルギー第2部へ配属。南米、アフリカ、中東における地球環境保全分野の案件組成・管理を担当。東京大学教養学部卒
JBIC インフラ・環境ファイナンス部門
電力・新エネルギー第2部 第3ユニット(当時)
星野裕衣
2023年入行。電力・新エネルギー第2部にて中南米における輸出金融案件および地球環境保全分野案件の組成・管理に従事。一橋大学法学部卒





