特集アジア発、脱炭素の新潮流
日本企業の海外進出先として、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)パートナー国が注目を集める。JBICが毎年実施する日本企業へのアンケートに基づく「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」の最新版では、投資有望国トップ10にAZECの5カ国がランクイン。人気の背景や脱炭素への課題を企画部門調査部の浅井瑞季が解説する。


日本企業のサプライチェーンにおいて重要性を増すベトナム(写真はホーチミン市の工業団地にある衣料品工場)
海外事業の強化へ意欲高く、ASEAN諸国が中国からの受け皿に
2024年度の調査報告では、歴史的な円安を背景に海外売上高比率が過去最高水準に達し、日本企業のグローバル展開が引き続き進んでいることが明らかになりました。一方で、今後3年程度の海外事業の強化・拡大を見込む企業の割合は、20年以来、初めて前年比で減少しました。これは、世界的な需要の伸びの鈍化や中国経済の減速といった外部環境の影響を反映したものです。
しかし、依然として6割以上の企業が海外事業の強化に意欲を示しており、日本企業の海外市場に対する関心と成長への期待は引き続き高いことが伺えます。
では、日本企業は具体的にどの国や地域への進出を有望視しているのか。中期的な事業展開先について尋ねた「有望国調査」ランキングを見てみましょう。
首位は3年連続でインドでした。14億人を超える世界最大の人口規模と成長性が評価され、6割ほどの得票率で圧倒的なトップに立っています。


投資有望国ランキングは、回答企業に中期的(今後3年程度)に有望と考える事業展開先国名を最大5つ挙げてもらい順位にしたもの
今回の調査で特に時勢を反映しているのが、中国のランクダウンです。前年3位から6位へと順位を下げ、得票率も急落しました。この質問を設けた1992年以来、中国は2012年まで長年首位を維持し、その後も上位に位置していましたが、今回は過去最低の順位となりました。
経済減速に加え、現地企業との競争激化や、長引く米中対立による脱中国の動きが背景にあります。もっとも中国が選ばれない国になったわけではなく、現地の巨大マーケット向けの展開は依然として有望視されています。
一方で生産・輸出拠点としては中国からの移転が進んでおり、存在感を高めているのがAZECパートナー国であるASEAN諸国です。ランキングの2位は前年に続きベトナム、4位にインドネシア、5位にタイ、8位にマレーシア、9位にフィリピンが入りました。日本から地理的に近く、成長市場としての期待や安価な労働力も選ばれる要因です。
ベトナムは、リスク分散の受け皿として注目する企業が一定数あります。もともと加工・輸出拠点としての強みがあり、中国に代わる存在として期待されています。今回、サプライチェーン対応についての分析で、中国からの製造・販売拠点の移転先として最も多く挙げられたのがベトナムでした。
インドネシアは、約2.8億人というASEAN最大の人口を誇り、マーケットとしての期待が高まっています。ベトナムに比べ、内需をターゲットにする企業が多いのが特徴です。一方で、日本からの投資において最大の自動車分野では、中国のEVメーカーの台頭や、中流層の不足による販売台数の伸び悩みなどの課題も指摘されています。
タイは、ベトナムと同様に中国からの製造・販売拠点の移転先や事業の多元化を目的に選ばれています。マレーシアは電機・電子機器産業が中心で、半導体やデータセンター関連の投資が高まっています。一方でフィリピンは、労働コストの上昇が課題となり、順位は前年から1つ下がりました。


インドの優位は非製造業でもAZEC7カ国が上位占める
今回の調査から初めて、卸売、建設、運輸、金融・保険などの非製造業企業を対象にした調査を実施しました。非製造業の投資有望国ランキングでも、首位はインドで変わらず、2位インドネシア、3位ベトナム、4位米国と続きました。また、製造業では9位だったフィリピンが5位に浮上し、市場の成長性や英語を話せる優秀な人材が評価されました。
さらに、6位に豪州とマレーシア、8位タイ、9位シンガポールと、AZECパートナー国の7カ国が非製造業でもトップ10にランクインしました。

JBICに入行した動機について、「公共性への関心と、海外とつながる仕事への憧れだった」と語る浅井瑞季
脱炭素には高い関心も、海外市場での注力はこれから
また、調査ではサステナブル社会への取り組みについても質問しました。回答した製造業企業の約65%が既存製品・サービスの省エネ化や低CO₂排出化に取り組んでおり、そのうち約9割が実施国として日本を挙げました。次いで中国が約2割、さらにタイ、米国、インドネシア、ベトナム、マレーシアなどが続きます。
海外での取り組みは国内に比べるとまだ限定的ですが、AZECパートナー国が上位に入っていることから、今後の取り組みが期待されます。
一方、課題としてコスト増や制度の未整備、支援金の不足が挙げられました。例えばインドネシアでは、EVに対する税制優遇は手厚いものの、ハイブリッド車へのインセンティブは限られており、多様な車種展開を目指す日本の自動車メーカーには障壁となっています。
今回の調査では、米国が上位にランクインしていますが、第二次トランプ政権の発足に伴う関税引き上げなどの通商政策の影響は、世界経済の不透明要因となっています。JBICは今後も動向を注視し、各国の課題を分析することで、日本企業の海外展開の「次の一手」を後押ししていきます。


JBIC企画部門 調査部
第1ユニット 兼 第2ユニット
調査役
浅井瑞季(あさい・みずき)
2017年入行。法務・コンプライアンス統括室(法務)、電力・新エネルギー第2部(東南アジア等)、審査部(資源案件等)を経験し、24年11月より現職。海外事業展開調査を担当。一橋大学法学部卒業