
2022~23年は「歴史の転換点」として記憶される年となることでしょう。ロシアのウクライナ侵攻は、資源の地政学的な脆弱性という現実を突き付け、また12万年ぶりともいわれる暑さは、気候変動を肌身で実感させるものです。
このような激動の中、我が国を含む各国の政策対応も変化し、それぞれ自国の資源・エネルギーセクターの強靱化と脱炭素化を進めています。しかしどんな政策でも状況を一夜にして一変できる筈はなく、先行きに大きな不確実性があります。また、自国の利益だけ考えるのは、グローバルサウスとの亀裂を益々深めるだけでしょう。
「君子務本、本立而道生」といわれるように、大きく環境が変化する状況では、物事の根本に立ち返ることが重要です。当部門の「根本」は、長年築かれたお客様との信頼関係です。2022年7月に石油・天然ガス部をエネルギー・ソリューション部と改称し、次世代エネルギー戦略室を新設したのも、お客様に徹底して寄り添う私たちの志の証です。
当部門は、この「根本」を大事にしながら、今後も資源・エネルギーの安定供給、脱炭素化、サプライチェーン強靱化を支援し、アフリカなど新興国の社会的課題解決に一層注力いたします。そして、民間資金を補完する長期の資金提供と、より踏み込んだリスクテイクを目指していきます。
資源ファイナンス部門長 天野 辰之(常務執行役員)
事業環境と重点課題
「パリ協定」、第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)を経て努力目標(1.5℃目標)が合意され、各国が気候変動への取り組みを推進しています。しかしながら、地球温暖化を抑制するためには対応をさらに加速化することが求められています。日本政府は2050年のカーボンニュートラル実現という目標に向け、エネルギー基本計画で風力・太陽光・バイオマス等の再生可能エネルギー由来電源の主力電源化を目指すと共に、水素・アンモニアを使った発電や、CCUSやカーボンリサイクル等のCO2排出削減対策を講じた火力発電のイノベーションを通じて脱炭素化を図るとしています。他方、ロシアのウクライナ侵攻以降、エネルギー価格が高騰する中、エネルギー安全保障の重要性も高まっています。2023年5月の「G7札幌気候・エネルギー環境大臣会合」では、気候変動への対応に加え、エネルギー安全保障についても一体的に取り組むことが合意されました。エネルギーの安定供給を確保するとともに、調達先の多角化が重要な課題となっています。エネルギー情勢が大きく変容する中、資源の多くを海外に依存する日本には、エネルギー安全保障とエネルギートランジションへの取り組みの両立が求められています。
このような世界情勢や市場環境の下、重要資源の確保と気候変動対応を両立させたエネルギー・ソリューションの提案、水素・アンモニアといった次世代エネルギー開発に貢献する取り組み、バリューチェーン全体の強靱化を念頭に置いた半導体や電池材料等の戦略資源物資の安定確保に向けた支援等、JBICに求められる役割は多様化しており、これに対応する柔軟かつ積極的なファイナンス支援が求められます。
JBICの取り組み
JBICは、重要資源の安定的な供給を支援しながら、脱炭素社会の実現に向けた次世代エネルギーの確保・バリューチェーンを構築し、社会的課題の解決といった地球規模の課題への対処を図るべく、新規案件の発掘・組成や各国政府機関・関係企業とのリレーション構築に取り組んでいます。2022年度の当部門における主要な取り組み実績は以下のとおりです。
重要資源の安定確保・国際競争力の維持・向上への取り組み
(株)JERAに対してLNG輸入資金を融資
日本のエネルギー会社によるLNG安定調達を支援
JBICは、(株)JERA(JERA)との間で、貸付契約を締結しました。本件は、JERAが液化天然ガス(LNG)を輸入するために必要な資金を融資するものです。
資源価格が上昇し、電力の安定供給が日本の国民生活や経済活動にとって喫緊の課題として認識される中、ガス火力発電用燃料としてのLNGを安定的に調達することが従来にも増して重要となっています。本件は、JERAに対するLNG輸入支援を通じて、日本への安定的なエネルギー供給を確保することで、電力の安定供給につなげるものです。
ブラジル法人CSN Mineração S.A.が実施するペレットフィードプラント新設に対する融資
日本企業による鉱物資源の長期安定確保に貢献

JBICは、ブラジル法人CSN Mineração S.A.(CM)との間で、貸付契約を締結しました。本件は、伊藤忠商事(株)(伊藤忠)、JFEスチール(株)および(株)神戸製鋼所等が株主として参画するCMが実施する、ペレットフィード生産プラントの新設に必要な資金を融資するものです。ペレットフィードは鉄鉱石を破砕・加工処理したもので、製鉄におけるCO2削減に重要な役割を果たす低炭素鉄鋼原料であり、伊藤忠は生産されるペレットフィードの長期引取権を確保します。
本件は、伊藤忠によるペレットフィードの長期安定的な確保を金融面から支援することを通じて、日本の鉄鋼産業にとって重要な鉱物資源の安定供給に貢献するとともに、サプライチェーンの強靱化や持続可能な社会の実現に資するものです。
日本製鉄株式会社およびルクセンブルク法人ArcelorMittal S.A.がインド法人ArcelorMittal Nippon Steel India Limitedを通じて実施する合弁製鉄事業に対する融資
日本企業のインドにおける鉄鋼事業を支援

JBICは、日本製鉄(株)とルクセンブルク法人ArcelorMittal S.A.(AM)の合弁会社であるルクセンブルク法人AMNS Luxembourg Holding S.A.(AMLH)との間で、貸付契約を締結しました。本件は、日本製鉄がAMLHの子会社であるインド法人ArcelorMittal Nippon Steel India Limited(AM/NS India)を通じて実施する合弁製鉄事業の一環で、AM/NS Indiaのインド西部の鉄源一貫製鉄所において行う設備投資に必要な資金の一部を融資するものです。
本件は、着実な成長が見込まれているインドの鉄鋼市場において、インドの鉄鋼需要を中長期的に取り込み、日本製鉄の海外事業展開への支援を通じて、日本の産業の国際競争力の維持・向上に貢献するものです。
エネルギートランジションへの取り組み
ノルウェー法人YARA International ASA、シンガポール法人Sembcorp Industries Ltd. との戦略的業務協力協定締結
水素・アンモニア分野等における協力関係を強化
JBICは、ノルウェー法人YARA International ASA(YARA)との間で、アンモニア分野における協力推進、シンガポール法人Sembcorp Industries Ltd.(Sembcorp)との間で、水素・アンモニア分野等における協力推進を目的とする戦略的業務協力協定を締結しました。
両社は脱炭素社会の実現に向け、日本企業との間で水素・アンモニア等のサプライチェーン構築にかかる案件形成を促進しています。また、JBIC は、2021年6月に公表した第4期中期経営計画において、脱炭素社会の実現に向けたエネルギー変革への対応に取り組んでいくことを掲げています。こうした関係機関との協業のフレームワークを構築することで、水素・アンモニアのサプライチェーン構築等に向けた案件形成の加速化を目指します。
オーストラリア法人Woodside Energy Group Ltdとの包括戦略パートナーシップ、マレーシア国営石油会社Petroliam Nasional Berhad(PETRONAS)との覚書締結
エネルギー供給と脱炭素化に向けた協業を促進

JBICは、オーストラリア法人Woodside Energy Group Ltd(Woodside)との間で、エネルギーの安定供給の確保や脱炭素分野での連携強化および協力促進等を目的とした包括戦略パートナーシップに関する覚書を締結、さらに、マレーシア国営石油会社Petroliam Nasional Berhad(PETRONAS)との間で、クリーンエネルギー分野における日本企業との協業促進を目的とした覚書を締結しました。エネルギー安全保障の重要性が高まる中、エネルギー安定供給の確保に引き続き取り組むとともに、新たなエネルギー分野や低炭素事業における協業を強化し、脱炭素社会の実現に向け、かかる分野における案件形成の促進を目指します。
社会的課題への対処
ウガンダ財務・計画・経済開発省、コートジボワール経済・財政省および西アフリカ開発銀行との業務協力協定の締結
日本企業によるアフリカ地域での環境保全に貢献するビジネスを創出

JBICは、2022年8月にチュニジアで開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD8)の機会を捉えて、ウガンダ財務・計画・経済開発省、コートジボワール経済・財政省および西アフリカ開発銀行との間で、日本企業によるアフリカ地域における地域環境保全に資するビジネスの形成促進を目的とする業務協力協定を締結しました。
アフリカは、クリティカル・ミネラルズを含む豊富な天然資源を有しており、さらに高い人口増加率を背景とした経済成長・市場拡大が見込める地域です。他方、電力を含む社会インフラ整備や産業の多角化が課題となっており、保健医療サービスの拡充や食料安全保障という課題にも取り組む必要があります。JBICは、第4期中期経営計画(2021年~2023年)において掲げる「政策的重要性の高い国・地域に対する戦略的取組」の中にアフリカを位置付けており、基本インフラの構築、アフリカにおける気候変動対策への取り組みを推進すべく、現地政府機関等と連携しながら、日本企業のアフリカにおけるビジネス展開を支援していきます。
今後に向けて
エネルギーを巡る情勢、市場環境が大きく変容する中で、エネルギー安全保障の重要性は高まっており、重要資源の確保、調達先の多角化等が喫緊の課題となっています。同時に、気候変動問題への対応加速化も求められる中、エネルギーを巡る諸課題は難しい局面に立たされています。JBICは、化石燃料開発と気候変動対応の両立を目指しつつ、日本企業による資源権益の取得・開発や次世代エネルギーの開発、エネルギー資源・鉱物資源等のサプライチェーンの強靱化を積極的に支援することで、これらのグローバル・アジェンダへの取り組みを進めていきます。
(1)地球規模の課題への対処
脱炭素社会の実現に向けたエネルギー変革への対応として、製造・輸送・供給から利用に至るまでの水素バリューチェーン構築や、グリーンモビリティといったグリーンイノベーションへの取り組みに注力していきます。(グリーンファイナンス)
また、ホスト国による持続可能なエネルギー移行への積極的な関与を図りつつ、環境負荷低減に資する事業の拡大に貢献するため、アンモニア・水素混焼や、CCS/CCUS(注)、アジアを中心とした新興国における天然ガス事業(天然ガス転換・利用拡大等)への取り組み、製鉄・製錬業におけるCO2排出削減案件も継続的に支援していきます。(トランジションファイナンス)
加えて、アフリカを含めた新興国において、医療サービス提供や食糧供給等の基礎的インフラへのアクセスなど、ホスト国の持続可能な成長に向けた社会的課題の解決に資する事業も積極的に支援していきます。さらに、2025年に日本で開催されるTICAD9を見据えながら、アフリカにおける日本企業のビジネス展開も支援していきます。(ソーシャルインパクトファイナンス)
(2)クリティカルミネラルズの国際的なサプライチェーンの構築への対処
脱炭素社会の実現に必要不可欠な銅のほか、ニッケル、リチウムといったレアメタル等のクリティカルミネラルズと呼ばれる重要鉱物を確保することで、国際的なサプライチェーンの構築に向けた取り組みを強化していきます。
2050年カーボンニュートラル実現に向けて、銅やリチウムをはじめとする金属の需要が大幅に増加することが予測されている中、重要鉱物の安定確保にあたっては、リサイクルの高度化を含め極めて革新的な取り組みが求められることになります。こうした重要鉱物には、採掘や製錬・精製技術が確立されていなかったり、特定の国・地域に資源賦存や生産・加工過程を依存しているものも多かったりと、安定確保に向けた課題が存在しています。日本政府が策定した「グリーン成長戦略」でも、あらゆる政策の総動員が謳われているところであり、JBICは、中長期的な観点から、その一翼を担うべく、当該分野における脱炭素に向けた取り組みを積極的に支援していきます。
注釈
- (注)
CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)とは、温室効果ガスとなる二酸化炭素を分離・回収し、深海や地中に貯留する技術です。CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)は、分離・貯留した二酸化炭素を利活用するものです。