
産業ファイナンス部門は、産業投資・貿易部、中堅・中小企業ファイナンス室、船舶・航空部、および大阪支店の4つの部署で構成され、日本企業の海外展開の戦略やニーズに応じ多様な金融手法を用いて日本の産業の国際競争力の維持・向上のための取り組みを実施しています。
新型コロナウイルス感染症の拡大とそれに伴う移動制約は、世界経済の停滞という不測の事態を招き、日本企業の国際ビジネスも大きな影響を受けました。こうした情勢を踏まえ、2020年度は、「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」を立ち上げ、日本企業の海外ビジネスに対する支援に柔軟かつ機動的に取り組みました。2021年度も、引き続き新型コロナウイルス感染症の影響を受けている日本企業に対する支援に万全を期していくことに加え、グローバルな環境変化や日本産業界のニーズを踏まえ、第4期中期経営計画(2021~2023年度)の初年度として、日本企業によるグローバルなサプライチェーン強靱化・再構築の支援、デジタル変革等に向けた海外M&A支援、積極的なリスクテイク等を通じた日本の産業の国際競争力の維持・向上に引き続き取り組んでいきます。
産業ファイナンス部門長 麻生 憲一(常務執行役員)
事業環境と重点課題
新型コロナウイルス感染症の海外事業展開への影響
2020年以降、現在も日本を含む多くの国・地域で、新型コロナウイルス感染症が経済活動に大きな影響を及ぼしている状況が続いています。
国際通貨基金(IMF)が2021年4月に発表した世界経済見通しによれば、2020年の世界の実質GDP成長率は▲3.3%(日本は▲4.8%)と大きく落ち込み、2021年の見通しは世界で+6.0%(日本は+3.3%)とプラスに転じるものの、新型コロナウイルス感染症の今後の動向や、ワクチン接種の普及による経済活動の正常化に向けた政策支援の有効性、金融環境の動向など、こうした予測を取り巻く不確実性は引き続き高いと評価されています。
日本企業の海外直接投資は、2008年のリーマンショックによる大きな落ち込み以降、2011年に1,000億ドルを超える水準に回復、その後堅調に推移してきました。2019年には大型M&Aなどもあり、およそ2,500億ドルと大幅な伸びを示しましたが、2020年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響により新規設備投資が凍結・延期となるなど2019年のような勢いはなく、1,711億ドルに留まりました(図表1)。新型コロナウイルス感染症の影響が継続中であるなど、依然として不確実性が高い中、2021年にどこまで日本企業による海外直接投資が回復・拡大するのかが注目されます。

サプライチェーン強靱化・再構築と新たな海外事業機会の創出
日本企業の海外事業展開への大きな影響として、新型コロナウイルス感染症の拡大と並んで、米中関係をはじめとする地政学リスクの高まりやAI、IoTを駆使した急速なデジタル化・オープンイノベーションの進展があります。また自動車業界では、その燃料も含めた大規模な産業構造の変革が加速しています。こうした流れに迅速に適応していくために、グローバル・サプライチェーンの強靱化・再構築や新たな海外事業機会の創出といった動きが出てきています。
そうした動きを背景に、日本企業自らが海外で設備投資を行い、製造拠点の集約・分散や製造拠点間での生産工程の再調整といった動きも見られていることに加えて、M&Aを活用した展開が活発化してきています。日本企業による海外M&Aは2019年には826件と件数ベースでは過去最高を記録しています。2020年はM&A案件が延期あるいは凍結になったケースもあり、件数・金額ともに2019年と比べると大きく減少しました(図表2)が、2021年に入り延期・凍結となったM&A案件が再び動き出す等の動きも見えてきており、回復基調にあります。
人口減少・少子高齢化といった構造的な課題を抱えている日本経済を確実に成長軌道に乗せ、さらに豊かな社会へと飛躍させるためには、グローバル・サプライチェーンの強靱化・再構築への対応、デジタル化・オープンイノベーション・産業構造変革への適応を通じて、経済全体の生産性を向上させ、「稼ぐ力」を強化していくことが不可欠です。

中堅・中小企業の海外事業展開
中堅・中小企業の海外事業展開に目を転じると、日系大手企業の現地における部材調達ニーズへの対応という進出動機に加え、海外市場の需要を直接開拓して商機拡大を目指す動きも見られるようになり、海外事業に挑戦する中堅・中小企業の裾野や進出先国、資金ニーズは多様化しています。
JBICでは毎年「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」において、海外事業展開における中期見通しの調査を行っており、2020年度の調査では、海外事業を「維持」または「強化・拡大する」と回答している中堅・中小企業は回答企業全体の98.0%と、中堅・中小企業の海外事業展開の意欲は依然として高いと考えられます(図表3)。

JBICの取り組み
新型コロナ危機対応緊急ウインドウによる日本企業支援
JBICは、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、2020年4月に「成長投資ファシリティ」を拡充する形で、新型コロナ危機対応緊急ウインドウを創設しました。当ウインドウは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた日本企業の海外事業を支援するものであり、産業ファイナンス部門では大企業、中堅・中小企業ともに多くの企業に対する支援を実施し、2021年度も引き続き継続していきます。
特に中堅・中小企業への支援においては、地域金融機関等に対して当ウインドウの周知を行うとともに、地域金融機関の取引先のニーズに沿ったきめ細かな連携を実施した結果、2020年度では初めて協調融資を組成した5地域金融機関を含む35の地域金融機関と協調融資を組成する等、過去最多の地域金融機関との連携を実施しました。
多様な手法を活用した日本企業の海外展開支援

JBICは第3期中期経営計画(2018~2020年度)において、日本企業による海外M&A支援を重点取組課題の一つに掲げており、2020年度も直接融資および日本の金融機関と締結したM&Aクレジットライン(融資枠)を活用した間接融資(ツー・ステップ・ローン)を通じて、医薬品、電気、化学、エンターテイメント、製造業等といったさまざまな業種において日本企業が行うM&Aに必要な長期資金を機動的に供給しました。その中で、5G関連の技術獲得案件やデジタル基盤とIoTプラットフォームの融合・活用を目的とした事業買収案件等デジタル化・オープンイノベーションの進展に適応するための案件も支援しました。
また、M&A案件以外にも、日本企業がアフリカ最大の自動車市場である南アフリカにおいて行う自動車タイヤ製造・販売事業に対する支援や日本企業が中国の新エネルギー車(NEV)の開発拠点が集積する上海で行うNEV向け燃料電池・バッテリーの評価装置等の製造・開発事業に対する支援、先端デジタル技術が導入されるFPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)長期傭船サービス事業に対する支援等を実施しました。
加えて、タイ・バーツ、中国・人民元、インドネシア・ルピア、南アフリカ・ランドなど、多様な現地通貨建て融資により日本企業の海外事業展開を支援しました。
中堅・中小企業の海外事業展開支援
JBICは本店および大阪支店に中堅・中小企業支援専門の部署を配置し、中堅・中小企業の海外事業展開支援に積極的に取り組んでおり、2020年度には114件の中堅・中小企業支援案件の出融資保証等の承諾を行いました。その支援先についても、従来の業種にとらわれず、現地市場を開拓する多様な中堅・中小企業に広がりを見せています。JBICは、必要となる外貨資金の活用機会の提供、あるいは地域金融機関に対するクレジットライン(ツー・ステップ・ローン)の設定等による地域金融機関自身の長期外貨資金の調達支援を通じて、中堅・中小企業の海外事業展開支援を行いました。
また、米ドル・ユーロ建てでの融資のほか、タイ・バーツや中国・人民元等の現地通貨建て融資を行うことにより、中堅・中小企業の海外現地法人における現地通貨ニーズにも積極的に応えてきました。
さらに、中堅・中小企業は大企業に比べて、海外事業に必要な情報収集等の面でも制約を抱えている場合があることから、中堅・中小企業支援の担い手である地域金融機関との連携も強化しつつ、一層きめ細やかな支援を実施しています。海外投資環境をはじめとする各種情報提供やJBICの海外駐在員事務所等も活用したセミナーや個別相談会をWeb会議システム等も活用し開催しました。
日本企業が直面する危機や多様化するニーズへの対応


各国の政情や新興国経済の動向等、日本企業を取り巻く国際経済環境は絶えず変化しています。特に2020年は新型コロナウイルス感染症の拡大が世界経済に甚大な影響を与えました。JBICは、こうした変化や世界経済の動向、日本企業の資金ニーズ等を的確に捉えつつ、日本の産業の国際競争力の維持・向上のために貢献していきます。
産業ファイナンス部門では、引き続き新型コロナウイルス感染症が日本の経済・産業に与えている影響を踏まえ、大企業のみならず中堅・中小企業も含めた多くの日本企業が直面する危機に対しての支援を継続するとともに、ポストコロナを見据えた日本企業の課題・ニーズを的確に把握し、第4期中期経営計画で掲げる地球規模の課題への対処、サプライチェーン強靱化や日本企業のデジタル変革等に向けたM&Aによる技術獲得等への支援等、日本の持続的な成長につながる新たなビジネス機会の探索と創造に貢献すべく、さまざまな金融手法を駆使し、またリスクテイク機能の強化等を通じて、日本と世界をつなぐ役割を引き続き果たしていきます。