新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、人々の現実の生活やビジネス環境に大きな変容をもたらすとともに、グリーン・リカバリーに代表されるように、国際経済社会の気候変動問題に対する取組強化の潮流を形成しました。また、足元ではロシアによるウクライナ侵攻が世界の政治経済に大きな影響・脅威をもたらしており、ウクライナおよび周辺国支援を通じた多国間連携・国際機関連携の重要性も高まっています。こうした中、JBICは2021年に策定・公表した第4期中期経営計画(2021~2023年度)およびESGポリシーの下、グリーンファイナンス、トランジションファイナンス、ソーシャルインパクトファイナンスを積極的に推進するとともに、2023年4月には株式会社国際協力銀行法の一部改正を受け、国際情勢の変化を踏まえたサプライチェーン強靱化の支援強化、スタートアップを含む日本企業のさらなるリスクテイクの支援強化、ウクライナの復興支援の円滑な実施等を可能とする機能強化を行っております。インフラ・環境ファイナンス部門では、特に世界の脱炭素社会の実現やウクライナおよび周辺国支援など地球規模の課題解決に貢献する案件や日本企業のサプライチェーンの強靱化に貢献する案件への支援を進めていきます。脱炭素社会の実現に関しては、ホスト国の事情を踏まえ、ホスト国自身の主体的な取り組みを促していく「エンゲージメントアプローチ」が重要と考えており、これまで培ってきた各国との強固な関係や対話チャネルを活用していきます。また、プロジェクトコストが大きい、あるいはリスクの高いインフラ案件やウクライナおよび周辺国への支援案件では、政策金融機関の役割として、多国間連携や国際機関との連携をもって、日本企業のビジネス支援等を行っていきます。
インフラ・環境ファイナンス部門長 関根 宏樹(常務執行役員)
事業環境と重点課題
当部門では、第4期中期経営計画(2021~2023年度)に基づき、以下の分野を重点課題と考え、脱炭素社会の実現やウクライナおよび周辺国支援など地球規模の課題の解決に貢献する案件やサプライチェーン強靱化・再構築といった、産業・社会構造の急激な変化の下で、日本企業による案件に対する支援に注力していきます。
(1)地球規模の課題への対処
脱炭素化の大きな流れは具体例を紐解くまでもなく、2021年6月のG7コーンウォール・サミットでG7各国が2050年までのネットゼロをコミットし、2022年11月のCOP27ではパリ協定の目標を上回る「1.5℃目標」の重要性やパリ協定の気温目標に整合的な2030年の国別目標(NDC)の強化が示される等、大きな動きが続いています。
一方、これらを実現する方策、考え方は多種多様となっています。日本政府は、それぞれの置かれた環境・状況を踏まえ、現実的な方策を取っていくことがむしろ脱炭素化社会の実現につながるとの考え方から、開発途上国のエネルギー政策等に深くエンゲージし、ともにエネルギートランジションを実現していく政策を掲げています。特にアジアについては、2022年1月の岸田首相の施政方針演説にて、アジア各国が脱炭素化を進めるとの理念を共有し、エネルギートランジションを進めるために協力することを目的として、「アジア・ゼロエミッション共同体」構想を提唱しています。JBICは、日本の政策金融機関として、これまで培ってきた世界各国との強固な関係性等を活かし、日本政府の進めるエンゲージメントといった考え方による脱炭素化、エネルギートランジション、さらに廃棄物処理・発電や分散型電源等、社会的課題の解決に貢献する案件の実現を支援していきます。
また、ロシアによるウクライナ侵攻は世界の政治経済に大きな影響・脅威をもたらしています。こうした中、2022年5月のG7開発大臣会合では、ポーランドやルーマニアを含むウクライナ周辺国への支援を行う方針が示されたほか、2022年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)」において、日本はG7議長国としてウクライナ侵略に毅然と対応し、ウクライナ等への支援を強化する旨が謳われています。また、2022年8月に発出された「エネルギー安全保障に関するG7外相声明」では、エネルギー安全保障・強靱性の強化を目的とする取組方針が確認されており、ウクライナおよび周辺国支援を通じた多国間連携・国際機関連携の重要性が一層高まっています。JBICは、2023年4月に株式会社国際協力銀行法の一部改正を受け、ウクライナの復興支援の円滑な実施等を可能とする機能強化を行っており、多国間連携や国際機関との連携を通じてウクライナおよび周辺国支援を行っていきます。
(2)産業・社会構造変革下での我が国企業の国際競争力強化支援
コロナ禍がもたらした世界的な経済活動の制限、移動制限は、ビジネスにおいても大きな影響を及ぼしました。その一つがサプライチェーンの分断でした。「インフラシステム海外展開戦略2025(令和5年6月追補版)」でも指摘されているとおり、今般の世界的な新型コロナウイルス感染症の感染拡大への対応を機に、世界全体でデジタル化、脱炭素化といった社会の変革が加速することが予想され、感染防止の継続と経済成長・環境保全を両立する形で、従来とは異なる新たなインフラニーズに柔軟に応えていく必要性が高まっていくものと考えています。その中で、環境、デジタル、通信に関する先端技術をはじめ、独自の技術力に強みを持つ日本企業の海外展開や日本企業のサプライチェーン強靱化等を支援していくことは、ポストコロナの新しい世界における日本企業の国際競争力の維持・向上に重要な意味を持つと考えています。
JBICは、2020年度に実施したインドでの日系企業サプライチェーン強靱化支援向け融資(インドステイト銀行向け融資)を嚆矢に、これら日本企業のサプライチェーン強靱化に貢献する案件を支援すべく、2022年7月に開始した「グローバル投資強化ファシリティ」の中に、「グローバルバリューチェーン強靱化ウインドウ」を設けました。同ウインドウを活用しつつ、日本企業の海外サプライチェーン強化を積極的に支援していきます。
(3)質の高いインフラ海外展開に向けた戦略的取組の推進
日本政府が2016年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序を実現することにより、地域全体、ひいては世界の平和、繁栄を確保していくという考えに根差したものです。2023年3月にはFOIP協力の新たな4つの柱の一つとして「多層的な連結性」が掲げられており、地域間の連結性向上に貢献できる「質の高いインフラ」の展開は、FOIPの中でも重要となっています。これら質の高いインフラは、多くのステークホルダーに関係するものであり、またプロジェクト規模が大きく、リスクも高くなる傾向があるため、日本やJBIC単独での実現が難しいことも多いと考えられます。
このような問題意識に根差し、JBICでは従来、多国間連携・国際金融機関との連携を重視しています。具体的には日米豪の政策金融機関との連携強化や、欧州投資銀行(EIB)、欧州復興開発銀行(EBRD)といった公的金融機関との連携強化を図ってきました。2022年11月に実施したカナダのオンタリオ州地下鉄案件向け融資では、韓国やカナダの公的金融機関とも協調し、カナダの鉄道市場における日立製作所の取り組みを支援しています。コロナにより改めて重要性が認識された保健・医療分野のインフラも含め、日本企業の取り組みを確実に後押しすべく、政策金融機関の役割として、プロアクティブな取り組みを通じ、質の高いインフラの海外展開を支援していきます。
JBICの取り組み
新型コロナウイルス感染症の拡大からの経済回復に際して、脱炭素・低炭素産業への投資促進(グリーンリカバリー)等、カーボンニュートラルに向けたビジネスチャンスが拡大しており、日本の優れた技術を活用して世界の脱炭素化および持続的な経済成長に貢献していくことが重要になっています。JBICでは、世界の脱炭素社会の実現に向け各国における低炭素化・地球環境保全に資する案件への支援を実施するとともに、サプライチェーンの再構築・強靱化に貢献する案件やウクライナ・周辺国支援に対する支援にも取り組んでいます。2022年度の当部門における主要な取り組み実績は以下のとおりです。
低炭素化・地球環境保全に対する取り組み
豊田通商(株)および(株)ユーラスエナジーホールディングス等が実施する陸上風力発電事業に対する融資
脱炭素社会実現に向けた再生可能エネルギー事業への支援
JBICは、エジプトで陸上風力発電事業を実施する豊田通商およびユーラスエナジーホールディングス等に対し貸付契約を締結しました。エジプト政府は、火力発電への依存から脱却すべく、再生可能エネルギー由来の発電設備容量を2030年までに35%、2035年までに42%まで増強する目標を掲げています。
本プロジェクトは、豊田通商およびユーラスエナジーホールディングス等が出資するエジプト法人RED SEA WIND ENERGY S.A.E.が、スエズ湾沿いの紅海県Ras Ghareb地区において、発電容量約500MWの陸上風力発電所を建設・所有・運営し、エジプト送電公社に対し売電する事業です。JBICは、こうした日本企業の海外事業展開を支援することで、日本の産業の国際競争力の維持・向上に貢献します。
環境保全業務(GREEN)の下、インドネシア、ベトナム、インド等に融資
GREENにおけるファイナンスツール活用で金融面から地球環境保全に貢献
Global action for Reconciling Economic growth and ENvironmental preservation(通称:GREEN)は、地球環境保全業務を通じて「世界規模での環境と経済の両立」への寄与が期待されるプロジェクトに対する融資・保証および出資です。JBIC は、GREEN の一環として、インドネシアにおける再生可能エネルギー事業に必要な資金を国営石油会社PT Perusahaan Perseroan(Persero)PT Pertamina(プルタミナ)へ融資しました。
また、ベトナムにおいても、2023年1月にインフラ投資に関する日米豪3機関間パートナーシップ(TIP)が発表したベトナムの脱炭素化に向けた協力枠組み「Vietnam Climate Finance Framework(VCFF)」の下、ベトナムにおける再生可能エネルギー事業を支援すべく、ベトナム外商銀行(Vietcombank)に対し、クレジットラインを設定しました。
これらの取り組みは2022年に日本政府や米国政府をはじめとするパートナー国とインドネシア政府やベトナム政府との間で合意された、「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」の趣旨やアジア・ゼロエミッション共同体構想にも沿うものです。
また、インドにおいても同国政府の掲げるカーボンニュートラルの達成に貢献する取り組みとして、太陽光発電事業に必要な資金を国営企業のSJVN Limitedへ融資しました。
JBICは、日本の政策金融機関として、各国のエネルギー政策や環境政策に寄り添いつつ、GREENにおけるファイナンスツールを活用し、金融面から地球環境保全に貢献していきます。
日本企業のサプライチェーン構築・再編に向けた取り組み
住友商事(株)ベトナム法人が実施する工業団地拡張事業に対する投資金融支援
日本企業の海外事業展開を支援
JBICは住友商事のベトナム法人Thang Long Industrial ParkⅡ Corporation(TLIP2)に対し、投資金融による支援を行いました。本融資は、TLIP2がベトナム北部フンイエン省にて行う第二タンロン工業団地の拡張事業への支援です。ベトナム政府は2025年にかけて毎年300~400億米ドルの海外からの新規投資誘致を目標に掲げており、コロナ禍を背景としたサプライチェーンの見直しも相まって、新たな生産拠点として、日本企業によるベトナムでの事業進出ニーズが高まっています。
JBICは本融資を通じて、こうした日本企業の海外進出およびサプライチェーン強化を後押していきます。
ウクライナ・周辺国支援に向けた取り組み
ポーランド法人BGK発行のサムライ債に対する保証
ロシア侵略を受けたウクライナ避難民向け人道支援における協力
(出典:首相官邸ホームページ)
JBICは、ポーランド法人Bank Gospodarstwa Krajowego(BGK)が日本で発行する円建て外債(サムライ債)に対する保証を行いました。ロシアのウクライナ侵略を受け、岸田首相は、2023年3月にウクライナおよびポーランドを訪問し、ウクライナへの揺るぎない支援の方針を伝達するなど、日本政府は両国との関係強化を図っています。こうした中、中東欧最大の難民受入国であるポーランドにおいて、BGKは「ウクライナ支援基金(Aid Fund)」を立ち上げ、ウクライナ避難民向けの医療・教育・住宅施設等をはじめとする人道支援に資金拠出しています。本件サムライ債は、同Aid Fundへの払い込みを目的に発行されるものであり、ロシアの侵略を受けたウクライナへの支援となるものです。
他国・他機関との連携
JBICでは、他国政府との関係構築や他機関との連携により、案件発掘やインフラプロジェクト実現・加速のためのリスク軽減等に取り組んでいます。また、世界で脱炭素化、カーボンニュートラルに向けたさまざまな議論が活発化しており、これまで構築してきた各国との関係を活かし、それぞれの国の置かれた現状や政策に寄り添い、対話を実施しながらあるべき道筋をともに進んでいく、エンゲージメントの取り組みを大切にしています。
他国との連携に関しては、インドネシア電力公社(PLN)、国営石油会社プルタミナ、インフラ金融公社(PT Sarana Multi Infrastruktur:Persero)との間でインドネシアのエネルギートランジションに貢献するプロジェクトの実現に向けた協力を目指す旨の覚書を締結しました。また、インドの政府系ファンドである National Investment and Infrastructure Fund Limited(NIIFL)との間で、「日印クリーン・グロースプラットフォーム」の設立および推進のための覚書を締結しました。同覚書では、インドの環境保全および経済成長の促進ならびに日本企業とインド企業の協業促進を目的として、JBICの出融資機能を活用し、NIIFLとのファンド組成およびNIIFLの出資先に対する融資の検討を進めることを目指しています。
他機関との連携に関しては、日本政府が推進する「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け関係強化を進めている日米豪三カ国の連携に引き続き取り組んでいます。2022年5月には、米国貿易開発庁(USTDA)との間で覚書を締結しました。同覚書は、USTDAとの協力関係を強化し、インド太平洋を中心に、中東、アフリカ、ラテンアメリカ、カリブ海、東欧といった地域を対象に、インフラ、再生可能エネルギー、通信・デジタル等の分野における協力の推進を図るものです。
また、2022年10月には米国国際開発金融公社(DFC)、豪州外務貿易省(DFAT)および豪州輸出金融公社(EFA)との間で覚書を締結しています。同覚書は日米豪4機関が構築してきた協力関係を一層強化するものであり、インフラ、エネルギーおよび資源といった従来の協力分野に加え、情報通信、デジタル、ICT、港湾、空港、金融、クリティカルミネラルズ、サプライチェーン強靱化、パンデミック対応といった分野での新たな協力の推進を図るものです。2023年5月には同覚書に基づく日米豪3カ国のパートナーシップの下、豪州大手通信事業者Telstraグループが、南太平洋島嶼国地域において移動体通信事業等を展開するDigicel Pacific Limitedを買収する資金に係るEFAの融資の一部に対して、DFCと共に保証を供与しました。